かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
店のすごさの興奮なのか、この店の将来は私にかかっているというプレッシャーからか、さっきからドキドキと胸が高鳴って仕方がなかった。

店にはアポなしで来ていたため、そっと見学だけするつもりだった。けれど、少しくらい責任者の人に挨拶できれば……と思っていると。

店頭の冷蔵ショーケースにハロウィン限定のパンプキンスイーツが並んでいてひと際目を引いた。そして、その中にルビーのような真っ赤な苺が載ったショートケーキが並んでいるのに目が留まる。

――芽衣、ショートケーキって案外作るのが難しいって知ってるか?

――え? そうなの? 簡単そうに見えるけど……。

――スポンジがうまく膨らまない、固い、生クリームが綺麗に塗れない、絞りが均等にいかない、ケーキの王道だけに案外パティシエ泣かせなんだよ。

――ふぅん、でも私、食べる専門だから。

――あはは、まったくお前は。

「あの、なにかお探しですか?」

「えっ、あ……」

父との懐かしい会話の回想が脳裏に蘇り、ショーケースの一点をぼーっと見つめていると、不意にかけられた声によってそれは途切れた。振り向くと、五十代くらいの眼鏡をかけた細身の男性がにこりと私に微笑んで立っていた。その笑みから人のよさそうな雰囲気が窺えて、名札を見ると“館川”と書いてあった。
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