かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
もう一度口づけられて、軽く口を吸われた。手が行く場をなくして宙をさまよう。うっすら目を開けると視界は長嶺さんの整った顔に支配されていて、長い彼の睫毛が一本一本よく見えた。何の前触れもないキスに気恥ずかしくて目を閉じることしかできない。

「君はきっと俺を好きになる」

微かに空いた唇の隙間から、そんな催眠術のような言葉を囁かれ頭の中が朦朧としてくる。
すると、一瞬びゅっと冷たい風が吹く。そして首筋から入って来た冷気によって身震いし、現実へと一気に引き戻された。

「おっと……」

反射的に長嶺さんの胸を勢いよく押しのけて離れる。

「嫌だったか?」

そう聞かれても何も答えられない。一体自分は何をやっているんだろう。うっかり長嶺さんの誘惑に恍惚となりかけていた。乱れる鼓動をなんとか無理やり落ちつかせようと胸に手をあてる。

「好きになんかなりません」

それだけ言うのに精いっぱいだった。なかなか消えてくれないキスの余韻にまだ身体が火照っている感じがする。いきなりキスなんかしてきて強引にもほどがある。せっかくアドバイスをしてくれたというのに、何食わぬ顔で笑う自信家な長嶺さんを睨みつけたくなった。

「どうしてこんなことするんですか?」

私が尋ねると、長嶺さんは眉を撥ねあげて目を丸くした。

「どうしてって、愛情表現をしない夫婦がいるのか? それに君の賭けにのったのは事実だけど、なにも手を出さないとは言ってない」

長嶺さんは勝ち誇ったようにドヤ顔でニヤッとした。彼のほうが一枚も二枚も上手で、先に予防線を張っておかなかったことを激しく後悔する。
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