騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍

 こうしてエルシーは、その日からセルウィン公爵夫人として新しい人生をスタートさせた。名門貴族の女主人として、どうたち振る舞えばいいかわからず最初は尻込みしてしまったが、アーネストは何かを強要してくることはなく自由にさせてくれている。使用人たちも皆、優しくて親切だ。おかげでエルシーは気兼ねなく過ごすことができている。

 例の“声”は、ほとんど聞こえてこなくなった。だが、寂しいとは思わない。本当に心から願った時だけ、その存在と繋がれるのではないか、とエルシーは思うようになった。回顧するのは、オーモンド邸での出来事。庭の木陰に隠れ、追手が来ないよう願ったが、声たちはエルシーに反応することはなかった。しかし、もしかしたら声たちが眠っているオーモンド氏を目覚めさせ、ヴィンスたちの意識をそちらに向けさせることで、結果的に自分たちは救われたのではないか。都合のいい解釈かもしれないが、彼らへの感謝の思いがエルシーの中に生じている。



 最初の一ヶ月はアーネストと過ごす時間も多かったが、二ヶ月を迎えた頃から彼の仕事は次第に忙しさを増し、遅くに帰宅することも多くなった。

 それもそのはず、あと少しで国王ジェラルドとの婚姻のため、東のローランザム王国からティアナ王女が輿入れするのだ。国境まで騎士団が出迎えるにあたり、そこから王都までの道中の安全と整備、婚礼の儀や王家主催の夜会での騎士と衛兵の守備体制など、一切抜かりなく確認し、準備を整えておかなくてはならない。


 そして、日は流れるように過ぎ、いよいよ明後日、王立騎士団が国境に向かって出発する。明日からしばらく騎士団棟に泊まり込む、ということで、その日珍しくアーネストが早めに帰宅した。
< 109 / 169 >

この作品をシェア

pagetop