恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―


北川さんのトラウマとなる事件がいつ起こったのか、詳しくはわからない。
けれど、ひとり暮らししていた時みたいだし、きっと大学の頃だろう。

二十二歳の頃と考えて、北川さんは今二十八歳。つまり六年間も女性恐怖症でいるということになる。

就職してからの六年間は、忙しい。有能な北川さんは余計そうだったと思う。
職場に慣れて、仕事を覚えて必死にこなして……と過ごしていればきっとあっという間に過ぎる。

そんな、放っておけばどんどん過ぎてしまう忙しい時間のなかで病院に通っていたのは苦しい証拠だ。

弱音をなにも言わない北川さんが、本当にその過去がツラかったんだと、苦しいんだと叫んでいるようで、同調するように胸が痛んだ。



朝、家を出たところで、お向かいから声をかけられた。

「千絵ちゃん、おはよう」

明るい声の方を見れば、瀬良さんのお母さんが笑顔で手を振っている。
その手元にはホースが握られていて、どうやらお店前の掃除をしていたようだった。

ちなみに、瀬良さんのお母さんは昔からお花屋さんを経営している。
小学校の頃、母の日にはよく私も五百円玉を握り締めて行ったものだ。

『リボン、何色にしようか』と、にこにこしながら聞いてくれるおばさんと一緒に、どれが赤いカーネーションに似合うか考えたのが懐かしい。

高校時代、付き合っていたことはうちの両親も瀬良さんの両親も知らないので、きっとずっと幼馴染という関係だと思っているんだろう。

付き合い始めたとき、さすがに気恥ずかしいからと瀬良さんと〝親には内緒にしよう〟と決めたから。

高校生にもなってお互いの部屋を行き来する私たちを、大人は『仲がいいわねぇ』と笑うだけだったから、特に気づかれもしないままだ。

こうして別れた今、両親にカミングアウトしなかったことは本当に正解だったと思う。

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