ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋
『あれっ?いないのか?』
玄関には伶菜の靴、そして祐希のベビーカーが畳まれた状態で置かれている。
それなのに、人が動いている気配がない。
まだ昼間なのに窓がない廊下は薄暗く、まるで夜みたいな雰囲気だ。
あまりにも静か過ぎることに心配になった俺はそっと彼女達の寝室のドアを開けた。
起きていたのか、それとも起こしてしまったのか
伶菜があっと声を上げる。
申し訳ないなと思いながらも、もう引っ込みがつかないと思った俺がただいまと囁くと、おかえりなさいと言う返事をくれた伶菜からは動揺の色が伝わって来る。
そうだよな
昨晩、抱き寄せるとかしちゃった後だしな
でも今、ここで俺が戸惑ったりしたら、余計に動揺させたり、萎縮させちゃったりするだろう
やっぱりここは、いつも通りの空気で行くべきだろう・・・
『祐希は?』
俺はいつも通りを実践するために、帰宅するとまず最初に伶菜に声をかける”祐希の様子はどうか”について、この日もそれを彼女に尋ねた。
俺の問いかけに、伶菜からの返事は一瞬だけ間があったものの、その声色からはさっきみたいな動揺は伝わってこない。
俺の ”いつも通り” の空気が伝わったのか?
そう思った俺は
『そっか、コレ、買ってきたけど、食う?』
ドアの隙間から買ってきた蜜柑大福を差し出し、これまた、いつものお土産を渡す時のような声を彼女にかけた。
「・・・・・・・」
ここでまさかの沈黙。
今、自分のいる角度では彼女の様子が窺えない。
さすがに寝室というプライベートな空間へ本人の許可なく踏み込むことはできず、身動きが取れない。
やっぱり、蜜柑大福でもダメだったか
この前、売り切れで買えなかった時にはかなりガッカリしていた彼女だったから、もしかしてこの作戦は使えると思ったんだけど・・・と溜息をついた瞬間、
「・・・食べぇるう~。」
授乳後の彼女が腹ペコであることをアピールする、いつもの彼女のちょっと惚けた声が聴こえてきた。
そして、蜜柑大福に引き摺られるように姿を現した彼女を
『お前、釣り上げるの、簡単。』
いつものように甘いモノで見事一本釣りすることに成功。
俺の顔をまじまじと見ている伶菜。
大きな瞳が俺の目の奥を探っているようにも見える。
それでも、いつもの俺を続けるしかない俺は、
「あーっ、みかん大福が・・・遠ざかってくー」
お弁当を作ってくれたお礼を言いながらも、蜜柑大福を自分のほうへ引っ込めるという意地悪をする。
日常でもちょこちょこやっているこういう意地悪。
そしていつものように遠ざかる蜜柑大福を追うように手を伸ばす彼女。
これもいつものリアクションだ。