いきなり図書館王子の彼女になりました
いきなり接近!要注意!
 カフェ『未来志向』のドアが開く。


 カランカラン、と、綺麗な鈴の音を鳴らし、ドアは新しいお客様を迎え入れる。


 白いマフラーを巻き、薄いブラウンチェックのブルゾンを羽織った高校生くらいの美しい少年が、クリスマス装飾で賑やかに飾られた店内へと、入って来た。


 すぐに彼は、窓際の席に座っている私に気がつき、こちらに向かって手を振った。


 目と目が合う。

 彼はにっこりと、私に向かって微笑んだ。



 …?

 ドキッと、心臓が音を立てて、鳴る。



 …もしかして彼は、誰かと私を、勘違いしてるのかなぁ?


 知らない男の子だし…。


 私は女友達の増田胡桃(ますだくるみ)とここで、12時に待ち合わせをしていた。

 約束より30分も早くこの店に着いてしまったので、読みかけの本に夢中になりながら、私は彼女を待っている。

 私は飲んでいたホットコーヒーのカップを皿に戻し、ボーっとしながらもう一度顔を上げた。

 そして、こちらへ嬉しそうな表情で近づいて来る少年を、ただ見つめてしまう。



 綺麗な顔立ちの男の子…!

 私と同い年くらいかな?




 …この、ヨーロッパに売っている陶器の人形みたいな顔、…どこかで見た事があるなあ。


 …どこだったっけ…?



「こんにちは。有沢沙織さん」



 私はいきなりその男の子に名前を呼ばれ、はじかれた様に返事をした。


「は、はい!…こんにちは…」



 どうして私の名前、知ってるの?



 いつの間にかすぐ近くに立っていた彼はマフラーを外し、ブルゾンを脱いで私の向かいの席に座った。

 …何故、その席にあなたが座る…?

「…?」

 柔らかそうな白いセーター姿になった彼は、微笑みを浮かべながら私に、少し控え目に会釈した。

「…??」

 思わず、私もペコリと頭を下げてしまう、が。

 …どう考えても、私の知り合いでは無いはず…だよね?

 私は何かの呪文にでもかかった様に、座った状態で静止したまま動けなかった。

「…???」


 彼は、店員を呼んだ。


「注文お願いします」


 …注文?!


「はい。かしこまりました〜」


 この声は……。

 私がよく知る、語尾を伸ばす口調。

 近づいて来た店員の顔を見上げて、私は仰天した。


「く、胡桃…?!…ど、どうして…?」


 胡桃はゴールドのリボンで結んだ栗毛色のポニーテールを軽やかに揺らし、私に軽く手を上げて笑った。

「この間言ったでしょう?高野さんに頼まれて、シフトを交替したの〜!」


 …交替したの〜!…じゃ、無いよ。
 一体、どういう事?


 私はさっきから今まで、あなたをここで、待っていたんですけど…?

「彼女と同じ、ホットコーヒーをお願いします」

「はい。かしこまりました!」

 胡桃は意味深な表情でニヤニヤ笑い、そっと私に耳打ちをした。

「いつの間に図書館王子と仲良くなったの?後でゆ〜っくり、教えてね?」

「え?ちょっと、胡桃…」

「あ、は〜い、ただいま参りますので、少々お待ち下さい!」

 黒いエプロン姿の胡桃は別のお客様に愛想良く笑いかけながらキビキビと動き出し、彼の分の水とおしぼりを素早くテーブルにセットした。


「ご、ゆ、っ、く、り〜」


 …あれ?

 …ちょっと!待ってよ胡桃!


 私の話はまるで聞いてくれずに、胡桃は丸い銀色のトレイ片手に仕事に戻ってしまった…。

 この店で私もアルバイトをしているから、仕事内容はよく分かっている。今は、ちょっとバタバタしている時間帯なのだ。


 『図書館王子』…?


 ああ、そうか!学校の図書館!!


 目の前に座る男の子は、図書局の1年生、白井君だ!

 カウンターにいつも眼鏡をかけて座り、彼は受付をしてくれていた。

 女の子顔負けのその美貌が学校中の話題となり、密かに『図書館王子』と呼ばれ、極秘ファンクラブが結成されているとか。

 今日はトレードマークの眼鏡をかけていないので、彼はいつもよりさらに華やかな雰囲気になっており、全然気づかなかった。



 あ〜、1つ謎が解けて、スッキリ!



 …って、そうじゃなくて!!




「…」



「…」



 その名に似合わずレトロな雰囲気で溢れたカフェ『未来志向』の中は、ジャズピアノによる軽快で楽しいクリスマス音楽が鳴り響いていた。

 思わず私は、テーブルの上に座ってこちらを見つめるサンタクロースとトナカイの飾りに、助けを求めてしまう。


…どうしたらいいの?この状況!!


 胡桃が座るはずの席に躊躇なく座っている、ほぼ初めましての白井君。


 彼はいきなり前髪が触れ合うくらいの至近距離まで私に近づき、テーブルに手をついて、こちらをじっと見つめ出した。



 そっと彼は、優しく私の手を握った。



「嬉しかったです。…すごく」



 脳内が、完全にフリーズする。



「…え?…な、何…が…?」



 頭がこんがらがり、うまく内容を言葉に変換してくれない。



「僕に告白、してくれた事です」



 こ、告白?!!



 白井君は一体、何の話をしているのだろう。



 て、て、手を、握られてしまっているし!!


「…?!」



 彼は少し顔を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。


「…?!!」


 私が彼に、愛の告白をしたって事?!



「いつ?!」



 彼は、きょとんとしながら答えた。



「水曜日…かな。放課後、図書室で」




 告白…してませんけど…?!




「も、もしかして、どなたかと、人違いを…?」





 私は意味もなく、キョロキョロとあたりを見回してしまった。



 彼は目を細め、さらに顔を近づけてきた。



「…してないですよ。…照れてます?」






 そりゃ照れるよ!!!




 こんな風に急接近されれば、誰だって!!






「あ、あのね、状況、を1度整理…」





「有沢沙織さん」




「…は、はい!」




 彼は、真面目な表情に変わった。




「……あなたの事、僕はずっと前から知っていました。だってほぼ毎日、図書館に来ているでしょう?」



「…え?…うん。そうだね」



 大好きな大好きな、神原彩架月(かんばらさかつき)先生の小説『霽月(せいげつ)の輝く庭』(全21巻)を、一冊読んではまた一冊、という調子で借りに行っているからだ。




「…あ、だから白井君、私の名前…」





 図書カードに書いてあったから、知ってるのか。


 彼は頷いた。


「苗字、覚えてくれていたんですね。…カウンターにあなたが来るたび、何だか僕…どきどきする様になって…」


 彼が私の手を握る力が、少しだけ強くなる。



「こんな気持ち、生まれて初めてです」



 真っ直ぐに私の目を見つめる、少し色素の薄い瞳。



「この気持ちが何なのか、ちゃんと知りたい」



 触れてしまいそうな、長い睫毛。


 ……。


 どうしよう。目を逸らせない。





「だから僕、あなたと付き合う事に決めました!」





 ……!!!!!
 





…神様!!!!!





これは一体、どういう事なのでしょう?!!!!!

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