心がささやいている
だが、近付いてくるにつれ、その飼い主らしき人物の顔が見覚えのある、記憶に新しい人物のものであることが分かってきて咲夜は思わず瞳を大きくした。それは相手も同じだったようだ。

「あれっ?君は、さっきの…」

息を切らしながら近付いてきた彼も驚いた表情を見せている。そう、それは先程河原で出会った『大空さん』だった。

「どうも」

しゃがみ込んでワンコを抱えたまま軽く会釈をすると、大空さんは満面に笑顔を浮かべた。

「すごい偶然だねっ。まさか、こんな所でまた会えるなんてっ!もしかして家もこの近くだったりするのっ?」
「はい。まぁ…そう、です…」

(…って、なに素直に教えちゃってんだ、私っ!!)

家は、もう彼の立っている後方に見えている。まさに目と鼻の先だった。流石にそこまで詳しく教えるつもりはなかったものの、あまりに普通ににこやかな笑顔で聞かれたので、つい素直に答えてしまった感じだった。
普段の自分であれば有り得ないことだ。どんな人物かも分からない者に家を知られることなど普通は避けたいし、今のご時世、それなりに危機感を持たなければいけないとも思っているからだ。

(でも、この人からは聞かれていること以外の邪念を何も感じない…)

それに、何よりこの人懐っこい笑顔に(ほだ)されてしまうのかも知れない。気付けば、すっかり向こうのペースに引き込まれてしまっている的な。
そんなことを考えていた時、大空さんがワンコに語り掛けた。

「こら、ランボー!駄目だろ?勝手に走って出て行ったりしちゃ」

(ら…ランボーっ!?…って、まさかこのワンコのことっ?)
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