心がささやいている
「えっ?何で…?」
「おにいちゃん、このコをたすけてあげてっ」

大きな瞳で、すがるように見つめて来るその少女に。辰臣は面食らった。

「助けるって…どうして?また何処か傷でも…?」

見失っていた間に怪我が酷くなったのかと慌てて前に踏み出しかけたところで少女は静かに首を横に振ると、それを否定する。

「けがはしてない。でも…おうちに帰さないでほしいの」
「おうちに?何で…?だって、ご家族はきっと心配してるよ?このコだって早くご家族に会いたいに…」

決まっているはずだよ…と続けるつもりが、泣きそうな顔でイヤイヤするように首を振られ「ダメなのっ!」と言葉を遮られてしまい、戸惑う。

「おうちに帰ったら、またひどい目にあわされちゃうよ」
「酷い目って、まさか。おうちの人がそんなことするワケ…」

『ない』とは思いながらも、辰臣はそれ以上言葉を続けられなかった。不意に、この子犬と初めて出会った時のことを思い出したからだ。
実際、この子犬を見つけた時は酷い怪我で。最初は事故にでも遭ったのかと思っていたのだが、怪我の具合からして少し様子が違ったのは事実だった。
医師の話では、新しい怪我以外にも少し時間の経過した傷痕や打撲痕があったらしく…。

(まさか、日常的に暴行を…?そんな、まさか…)

「君は、この子犬のことを前から知っていたの?もしかして飼い主のことも知ってたりする?」

辰臣は少女の前に屈み込むと、視線に合わせるようにした。すると、少女は一瞬きょとんとした表情を見せると、小さく首を横に振った。
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