心がささやいている
「ううん、知らないよ」
「あれっ?知らないの?」

ちょっぴり拍子抜けしてしまった。

「それなら何で…?知らないのに、この子犬が酷い目に合うって分かるの?」

そう聞き返すと、何故か少女は不意に顔をこわばらせた。どこか怒られて怯えているかのような、ばつの悪そうな顔だった。
責められてるように感じたんだろうか。それでも、この子の言うところの意味を知りたくて、せめて表情だけでも和らげながらその答えを静かに待った。
すると、控えめにぽつりぽつりと話し出す。

「このコがね、言ってるの…」
「『このコ』が?」
「うん。たすけてって…。帰りたくないって…」
「この子犬が…?」

普通に考えたら、子どもの想像や空想や何かの(たぐい)の作り話だと思うだろう。
実際、一瞬だがそんな考えが辰臣の頭を()ぎったのは事実だった。
だが、続く少女の言葉に辰臣は息を呑んだ。

「このコみたいなペットたちは、飼い主をえらべないから…。それは、子どもが親をえらべないのとおんなじ。どんなにつらくても居場所はそこしかないの」
「………」
「でもね、おにいちゃんみたいなやさしい人もいる。このコはうれしかったって言ってるよ。つらくて逃げだしたときに、おにいちゃんに助けてもらったって」

そう言って小さく微笑んだその少女の笑顔がとても綺麗で儚げで。そして、何より寂しそうで。こんな小さな少女の何がそんな表情をさせているのだろうと余計な詮索さえ浮かぶ程だった。

だが、それよりも…今、何か気になることを彼女は言わなかっただろうか?
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