心がささやいている
それでも、これは自分の内の問題なのだ。
自分が面白くないというだけの。

それは、ある意味『執着心』に近いのかも知れない。


俺の両親は昔から家を空けることが多く、俺はいつも家では一人だった。
二人とも海外で活躍しているそれなりに名の知れた音楽家なので、こう言っちゃなんだが生活には苦労していない。勿論、小さな頃は親がいなくて心細かったこともあったかも知れないが、その辺は人間慣れるものだ。ちゃんとハウスキーパーを雇ってくれていたし生活そのもので別段困ったことはなかった。

そして、何より隣には辰兄がいたから。

幼馴染みである辰臣は、今となっては友人というのがしっくりくるが、昔の俺にとっては、その年の差もあり兄のような…時には親のような存在だった。
昔から面倒見の良い辰臣は、その人柄からウチの両親からは絶大な信頼を得ていて、調子の良い親どもは俺が思いのほか懐いたことと辰臣が快く引き受けてくれるのをいいことに、すっかり任せっきりにしていた。辰臣の両親も息子に負けず劣らず人が良く、とても親切な人たちだったので俺は小さい頃は本当に大空家にお世話になりっぱなしだった。

そんなこともあり、当時の幼い自分にとって辰兄は家族であり友人であり、そして世界そのものだったのだ。流石に今は違うと断言できるけれど実の兄を想うような、そんな感覚に近いのかも知れないとは思っている。


(実際、辰兄があの子を前にしてニヤけてる様子も見たいし。ホントは目的地同じだし、一緒に帰ろうと思ってたんだけどな…)

自己紹介をするのが遅れてしまい、どうやら彼女に不信感を抱かせてしまったようだ。
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