きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第14話(2):5人目の皇妃。

 数日もしないうちに新たな皇妃が序せられるという案件は後宮中に広がった。
 
 五人目の皇妃候補は平民、しかも辺境の少数民族出身の娘であるという。
 当事者であるアセナはその渦中にあり、反応の大きさにうんざりしていた。

「そっとしておいてほしいのになぁ」
 アセナは独りごちた。

 後宮の敷地を散歩するだけで、宦官や下女達が次々とひれ伏し口上を述べ、尻がむずかゆくなる居心地の悪い思いをしなければならなかった。

 さらに部屋を与えられてから完全無視だった同僚たちが、アセナの顔を見かけるたびに擦り寄ってくるのである。
 皇妃昇格が公になった翌朝からアセナの部屋を訪問する無位の妃は途絶えることもなく、他の皇妃の宮からもわざわざご機嫌伺いに無位の者が訪問してきては、その度に不快にさせられた。

 ついこの間まではつまはじきにしていたというのに。その見事な手のひら返しに辟易した。日和見が過ぎる。

「リボル。これなんなの。私まだ無位でしょ?」

 アセナはリボルの淹れた茶をすすりながら、忌々しそうに言う。

「もう内定がでていらっしゃるのだから、皇妃に成られたようなものです。あぁリボルは思っておりました。アセナ様は磨けば光る玉であると。陛下のお眼鏡にかなう時が、いつかいつかこの時が来ると信じておりました」

「あんたって調子良すぎ。自分の出世のことしか考えてないくせに」
「これは心外な。常にアセナ様のことを一番考えておりますよ」

 リボルはするすると太鼓腹をさする。

(これからは気をつけておかないといけないな。アセナ様には味方よりも敵の数が多すぎる)
 突然の昇格、そして高名な将軍の後見。全てが皇帝自らの指示により進められているということも衝撃をもって後宮に伝えられていた。
 前代未聞、異例のことだ。

(とりあえず他の皇妃の宮を探っておかねば)
 特にパシャ出身の皇妃であり、現在唯一の嗣子を成した第一位皇妃ヤスミンは心穏やかではないだろう。平民、しかも身売りされた者が大貴族を差し抜くなど誇りが許さない。

「とはいえ……」

 リボルが言いかけて、部屋の入口に視線を動かした。体に似合わない俊敏な動きで、扉を開ける。
 小さな影がするりと薄暗い室内に入ってきた。

「カルロッテ様」

 キラキラと輝く金髪の儚げな姿のカルロッテである。重さを感じさせない軽やかな足取りで、アセナに駆け寄った。

「よかったわね、アセナ」

 珠が弾けたような美しい声だ。

「やっと後見が決まったのね。しかもエリテル将軍だなんて。安心したわ」

 アセナはきまりが悪そうに、

「ご存知でしたか?」
「ええ。聞いたわ。本当によかった。前々から陛下が強くお望みでいらしたのよ。アセナを五人目の皇妃にしたいと」
「ですが、カルロッテ様。貴女様は陛下のご寵愛熱く、皇妃様方のなかでは一番の……」

 アセナが皇妃になるということは、カルロッテからすれば寵を競うライバルが増えるということだ。

「私の元に陛下がお渡りになられてたのは、四人いる皇妃の中で私だけ子を成していないからよ。私の祖国(ヴィレットブレード)に対してその体面を保つためだけ。義務でしかないのよ」

 心底安心したかのようにカルロッテは笑った。

「アセナはそうじゃないわ。陛下自らお選びになられたんだもの。あなたは他の皇妃とは違うのよ」
「そんなことは……」
 ない、とアセナは思いたかった。
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