きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第15話(2):ヤスミンは希求する。

 そして心待ちにしていた初めての渡りの日が来た。

 宦官に付き添われ宮を訪れたアスランを、ヤスミンはこれから起こるであろう事象に期待をもって迎え入れた。
 恭しく口上を述べ、立ち上がりながらその姿を確かめる。
 
 堂々とした体躯に夜着を身にまとった我が夫アスラン。
 凛々しい笑顔を浮かべながらも、

 ――黒い瞳は氷のように冷め切っていた。

 皇帝の初めて発した言葉をヤスミンは今でも覚えている。

「俺は皇帝としての義務でここに来ている」
「陛下、それは如何な……?」
「皇帝の義務の一つに次の代に血を繋ぐことがある。ここに通うのは帝室を繋ぐための子を得ること。それだけのためだということを忘れないでおいて欲しい」

 アスランは市場に並ぶ作物を見定めるかのように熱のない目線を送る。

「そして皇后位を決して欲しがらないように。例え貴女が子を成しそれが帝位を継ぐとしても皇后に就くことはない」

 後宮の女にとって最高位である皇后は誰もが夢見、目指すものである。
 権力と財力、そして国に対しての影響力。どんな術を使ってでも手に入れるべきものだ。
 
 それを否定するというのは、何を支えにして生きて行けばよいのだろう。

「ではせめて陛下をお慕いすることはお許しいただけますか?」
「それこそ無駄なことだ。俺は貴女に感情を抱くことはない」

 その宣言の通り、アスランはヤスミンに対しては何も感心がない様子だった。
 
 通い始めてもほんの少しの社交辞令を交わすほかは会話もなかった。伽の最中もそれは変わらず男女の間であるという睦言もなく、ただただ行為に没頭するのみであった。
 ヤスミンだけでなく、平行して通っていた他の妃に対してもそうであると聞いた。

 そして程なくしてヤスミンがファフリを身篭ると通ってくることも稀になった。
 
 皇子が生まれてからも数ヶ月に一度、嗣子である息子の顔をちらりと見、二・三言葉を交わしてはすぐに戻っていく。

(それなのに新しく皇妃を迎えるとは。口惜しい)

 聞けば自らが選定した平民の娘を新たに皇妃に迎えるという。
 
 それだけではない。わざわざ週に幾度かヘダーヤトの講義を口実に第三位の宮を訪れその娘と顔を合わすことすらあるという。

 帝位を継ぐ皇子を産んだ自分とは些細なことでさえ語り合うことすらないというのに。
 視線を合わすことすらないというのに。
 
 この国の最上位の貴族の自分が、なぜこのような惨めな仕打ちを受けねば成らないのか。自分は敬われる人間であり、皇帝の愛を受けるべき存在は自分であるはずだ。

 ヤスミンはギリギリと奥歯を鳴らした。

「ホルモズ、居るかえ?」
「はい。ここに」

 やせぎすの侍従宦官がヤスミンの足元にひざまずいた。

「アセナ皇妃との面会を申し込んでおくれ。あとこれを……」

 ヤスミンは帳面に走り書きをし、ホルモズに渡した。文字を読んだホルモズの眉がかすかに震える。

「承りました。ヤスミン様、本当によろしゅうございますか?」
「……覚悟の上じゃ。そのとおりにいたせ」

 雨はさらに勢いを増し、宮の屋根をたたきつける音が第一位妃の宮に響きわたった。
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