いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました


ライトグレーの、そのコートを手に持つと、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
ついさっきまで目の前にあった、滑らかな肌から漂っていた甘い香りだ。

嗅ぎ慣れている女モノの香水はいくつもあるけれど。その類ではなく、頭の芯からクラクラと思考が奪われていくようで、何ともいえず妙な感覚になった。

その時、奪われていく思考と同時に痛いほど締め付けられた胸が、その内側が。
何を訴えてきていたかなんて。

……潜む感情が何を意味するかなんて。

そこで無理やりに思考を閉ざす。

(あー、ダメだ、めんどくさいだろ。考えるな)

そう思って、考えることを放棄すれば、急激に冷めて落ち着いた。
大丈夫だ。まだ、いつもどおりだ。

軽く首を振って息を吐き、歩き出す。
玄関を開けようとして、先程扉が閉められた時の、あの悲しい音を思い出した。

(ふざけんなって、悲しいって、傷付けたのはこっちだ)

吐き捨てるように舌打ちをして、家を出る。
脳裏からなかなか消えてはくれない、泣き声、手の甲に跳ねてきた熱い涙。

「……クッソ、ふざけんな」

残像として残ってしまった場合の対処法がわからない。

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