いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました
坪井side③特別な夜に俺を想っていてほしい




――少し遡る。
真衣香に手を引かれ笹尾が2階に走っていったあとすぐだ。

タイミングよく戻った高柳が「何の騒ぎだ?」と眉をひそめた。
そそくさと駆け寄り答える川口の声が、真衣香を怒鳴りつけていた時のものとは全く違う。わかりやすく上に媚びて、下には気を回さないから、放っておいてもいずれ自滅するタイプの人間なのだろうなと思う。いや、思っていたのだけれど。

(うまく持ち上げてれば俺に実害ないし、まあいいかって放置してたけど。立花に突っ掛かるとかうざいな、マジで)

川口は楽をして上に媚びていたい人間だ。何をもって楽をするのかと言えば、あの手の人間が思いつき、使える"楽"な方法など限られている。要は、後輩である坪井に仕事を押し付けてくることが多かった。しかし最近……と言っても、ここ1ヶ月ほど。

不純な動機かもしれないが、自分の仕事以外で時間を取られ、真衣香との時間が少なくなることが無意識下で嫌だったのだろう。
うまく断り、関わりも少なくなっていた。

(でも俺が言うこと聞かなくなった分、回り回って立花のとこにきた)

そうだ、坪井が手駒でなくなったしわ寄せが笹尾に向かうことなど想定できていたのに。まあ、いいか。と放置した結果だ。
震えていた彼女の細い肩が思い出され、ちくりと胸を痛ませた。

「笹尾が、明日の打ち合わせで使うサンプルを隠しやがってですね、今やっと見つかったところで。いやぁ、ほんとあいつは困ったもんで」

坪井が考え込んでる間にも、川口の「どっから声出てるんだ?気持ち悪いな」と、ツッコみたくなる猫撫で声が続いていた。
高柳を前に、周りが見えていない川口には届かない程度の大きさで、滑稽な姿を笑い飛ばす。
そして、会話に割り込んだ。

「あー、話の途中にすいません、部長。ちょっと俺、2階行きたいんでこれ預けていきます」
「……なんだ?」

高柳は、話を遮って坪井が差し出してきたスマホを睨む。やや乱れていた髪を掻き上げる仕草に、今日は忙しかったのだろうなと肩をすくめてしまった。

今から、この……あまり機嫌がよろしくない高柳にこってり絞られるであろう川口。
もちろん同情などしないが、ざまぁみろと。決して思わないであろう、真衣香の代わりに毒づいてやった。

「お前の携帯を渡されて、どうしろと」
「ボイスメモのとこ、一番上のやつです。俺が戻ってきてから、ついさっきまでの18分38秒です。聞いといて下さい」
「なぜ?」
「川口さんの自己申告だと、話がややこしくなりますし」

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