俺様副社長に娶られました
こんなに素敵なものを、わたしが受け取る権利なんてないよ。
川原酒造の再建計画だけで十分だ。

一階がアーケード通りの道なりにブランドショップやオープンカフェが並んでいて、わたしたちはその前を通過するとエスカレーターに乗った。
吹き抜けで天井はドーム状になっていて、一階の様子がよく見える。週末の夕刻は大勢の買い物客で混み合っている。

創平さんは二階にある落ち着いた雰囲気の飲食店の前で足を止めた。


「うちで全国展開中のカフェバーだ」
「ここ……看板はよく見かけますけど、わたし来るのは初めてです」


店内は酒処天の川とはまた違ったレトロな雰囲気だった。
区切られた半個室っぽい空間に、茶色い革張りのソファがテーブルを挟んで向かい合って置かれている。照明も暗すぎず、心安らぐ空間という感じで、多くのお客さんで席が埋まっている。


「副社長」


キョロキョロと店内を見回していると、背後から女性の声がした。
振り向くと秘書の越谷さんが、猫のように大きく印象的な目を更に見開いて立っている。

……創平さん、今日は〝仕事だけど〟と言ってた。
きっと打ち合わせか視察などでこのビルに来ているだろう。越谷さんと一緒に。


「あの……奥様とご一緒ですか?」


越谷さんは臆することなくわたしに怪訝な目を浴びせた。


「ああ、今はプライベートだ」
「え?」
「ここで妻と食事をする」


言うやいなや店内にずんずん侵入する創平さんと、慌ててあとを追うわたしに店員さんたちからの視線が一斉に向けられる。
プレートに店長と書かれた男性が慌てて厨房から出て来て、恐縮した様子でわたしたちを席に案内した。


「創平さん……。副社長が食事をするとなると、店員さんたちが緊張するんじゃないですか?」


こそっと話しかけると、案内された奥の席で腰を下ろした創平さんは、緊張した面持ちで店長さんが一礼して去ったのを見計らって口を開いた。


「どんなときでも誰に対しても誠心誠意、対応してもらわなきゃ困る。特に酒の席ではいつなにがあるかわからないからな、いつでも動じず分け隔てのない接客を心がけるよう指導している」
「はあ……」


創平さんの仕事に対する真面目な姿勢には本当に感心してしまうけれど、〝酒の席ではいつなにがあるかわからない〟という部分だけがやけに強調されていたような……。
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