子猫のワルツ
 あれから、私たちはお互いに一目惚れだと言うことがわかり、お付き合いを始めた。
私は毎日がとても幸せで、競争相手が加藤さんだと思っていた頃には、想像も出来なかった毎日を送っている。
栄一さんはとても優しい。
大きな見た目と同じように、心も大きな人で、毎日私を包み込んでくれる。
そして、スポーツマンだったんだなと思い知らされるように、夜の営みの激しさは私の経験のないものだった。
何度注いでも、彼は止まることがない。
愛されてるんだとも思えるけど、いつも最後は私が気をやって、いつの間にか終わっている。
今日もそうだった。
彼自身が私の中に突き立ち、出たり入ったりを繰り返しながら、甘い刺激を私に与える。
もう駄目と何度懇願しても、彼は切なそうな顔をしてやめてはくれない。
下腹部が快感のあまりにひどく収縮して、腰が痙攣する。
だらしなく開いた私の口からは涎が垂れ、そこに口付ける彼との間にねっとりと糸を引く。
こんな凹凸の少ない体に欲情してもらえるのはありがたいが、少し激しすぎる気もした。
「えい、ち、さん……きもち、い?」
途切れ途切れの息で、彼に問いかける。
もう何時間こんなことをしているだろうか。
そろそろ終わっても良さそうだと、私が体を起こそうとした時、視界がぐるりと反転する。
「ふえ…?」
気がつくと、腰を高く突き上げた状態で、私はベッドにうつ伏せになっていた。
まさかと思った瞬間には、彼のそれが私の中に侵入してくる。
今夜も、まだまだ終わらなかった。
 最近、睡眠不足な気がする。
そりゃ大好きな彼に求めてもらえるのは嬉しいけど、毎晩のようにあれじゃあ寝られない。
いつも私をスルーする千花でさえ、私の寝不足を気にかけてくる。
「菜々、ちゃんと寝てる?ずっと欠伸してるし、遠く見てる」
確かに全く仕事が手につかない。
仕事が進まないのは大問題なわけで、休憩中は仮眠をとることにした。

 手ひどくしてしまっている自覚はある。
ただ、彼女が可愛すぎて、歯止めが効かないのも事実だ。
最近自分の肌艶がやけに良いような気がするのは、多分思い過ごしではない。
手加減しないと、あの小さな体が壊れてしまいそうだとは思うものの、実際その場になると止められない。
先に自分で抜いておけばいいのか……。
そんなことを最近真剣に悩み始めた。
悶々とする俺をよそに、惺子さんは隣でお茶を啜っている。
「やる気ないなら帰っていいわよ」
辛辣な惺子さんの言葉に、思考を引き戻される。
「いえ、すみません……」
どうしたら彼女を傷つけずに、なおかつこの暴れる欲をおさめられるのか。
今日も真剣に悩みながら、仕事をこなしていた。

 晩ご飯の用意をする。
お付き合いを始めてから、私は栄一さんの部屋に寝泊まりすることがほとんどになった。
お互い仕事柄忙しく、休みもなかなか被らないので、一緒に生活する方が効率の良い時間の使い方が出来る。
そろそろご飯が出来上がる頃合いに、栄一さんは帰ってきた。
「おかえりなさい、栄一さん」
彼の脱ぐジャケットと鞄を受け取りながら、軽い口づけを交わす。
私の身長に合わせて、腰を折ってくれる彼のその姿勢が私はたまらなく好きだ。
愛されてるなあと実感できる。
ワイシャツのボタンを外しながら、リビングのテーブルにつく彼に、私はお茶を注ぐ。
「ご飯、もう出来ますけど、食べます?」
私が慣れなくて、未だに栄一さんへは敬語を使っている。
「うん、もらおうかな」
彼の一挙一動にときめきが止まらない。もらおうかなと微笑んだ彼の笑顔が眩しくて、私は逃げるように台所へ入った。
今日は彼の大好きな肉じゃがだ。
小鉢によそいながら、内心の私は栄一さんの笑顔にまだときめいていた。
 ご飯を食べた後、一緒にソファに腰掛けてテレビを見ていると、左肩にかかる彼の重みがじわじわと大きくなる。
あれ?と思った時には押し倒されていた。
「だめ?」
にっこりと笑う栄一さんにダメとは言えず、テレビの音量を少し上げて、なし崩しにソファで体を重ねる。
小一時間はその行為を続けて、もう二度は果てた。
終わろうと体をよじる私を、栄一さんはいつもの如く離してくれない。
寝不足のせいか、疲れのせいか、いつもは流される私なのに、今日はカチンときてしまった。
「栄一さん、私のこと体だけだと思ってるの⁈もう疲れたの、離して‼︎」
突然声を荒げる私に、彼は心底驚いたような顔をする。
「ごめん、じゃあ菜々は動かなくて良いから……」
的外れな彼の言葉にいよいよ頭にくる。
「栄一さんのヤリチンッ‼︎エッチのことしか考えてないんだ‼︎私の気持ちなんてどうでもいいのね‼︎」
言うだけ言って、私はさっさと服を着ると、自分の鞄をひっつかんで部屋を出る。
悲しさと怒りがないまぜになって、涙が止まらない。
電車に乗る気にもなれなくて、私は一駅分まるまる歩いて自宅へ戻った。
明日が休みでよかった……。
泣いたせいでぼうっとする頭のまま、私はベッドに倒れこんで、そのまま寝てしまった。

 ついに彼女を怒らせてしまった。
恐れていたことが起こってしまった。
性欲を抑えられなかった自分が情けない。
どうしてあの時素直に止めてあげられなかったんだろうか。
休憩室でぼんやりと缶コーヒーを飲んでいると、つかつかと向こうからこちらへ一直線に向かってくる影がある。
誰だろうかと顔を上げると、そこには菜々の同僚の夏目千花が仁王立ちしていた。
「このヤリチン男。菜々を泣かせたわね」
俺に聞こえて、周りには聞こえなぐらいのボリュームで話しかけてくる。
昨日は菜々に、今日は夏目にヤリチンと言われ、さすがに心が折れそうになる。
「いやほんと、何も言えません……」
手で顔を覆う。
「私以外の人間が菜々を泣かせるなんて許せないわ」
斜め上な夏目の主張に唖然とするが、要は彼女なりに菜々を思いやって怒っているのだろう。
「きちんと、菜々には今日謝るよ」
彼女は今日は休みだ。
帰りに手土産でも買って、謝りに行こう。
「結果、ちゃんと報告に来なさいよ」と言い残して、夏目は颯爽と去っていった。
あの子、本当に年下なんだろうか……。

 仕事終わりに、菜々の好きなケーキ屋で手土産を買った。
いつもうちに来てもらってばかりだったので、菜々の家の最寄りで電車を降りるのは久しぶりだった。
駅を出てすぐの、女性向けマンション。
預かっていた合鍵でオートロックを開ける。
ただ、今回は流石に玄関まで自分で開けようとは出来ず、玄関ドア横のインターホンを押した。
「はい」
インターホン越しの彼女の声は、少し低かった。
もしかして寝ていたのだろうか。
「栄一です」
名乗るとすぐにインターホンの切れる音がして、ばたばたと部屋のなかから音が聞こえたかと思うと、玄関ドアが開きざまに菜々が飛びついてきた。
「栄一さんごめんなさい酷いこと言ってごめんなさいちゃんと謝るから嫌いにならないで下さい〜〜〜」
ぐずぐずと泣きながら、彼女は一気に捲し立てるように謝ってきた。
「菜々、謝らないといけないのは俺の方だよ。なんで菜々が謝るの?」
昨日菜々は怒っていた。そして怒らせたのは俺だ。
今日は謝りに来たはずなのに、なぜマンションの廊下で俺が謝られているのだろうか。
「とりあえず、部屋に入れてもらってもいいかな?」
このままだと、近隣住人に筒抜けだ。
またここでヤリチンだと叫ばれでもしたら、俺の社会的地位が終わってしまう。
ぐずぐずと泣きじゃくる彼女を宥めながら、ひとまず部屋に入らせてもらった。
 菜々は菜々で、俺に酷いことを言ってしまったと自己嫌悪していたらしい。
「そんなことないって言ったら、ちょっと俺が悲しいけど、事実だし菜々は悪くないよ」
何度もそう言うけれど、彼女はなかなか落ち着かない。
「菜々、ごめんな。菜々の気持ちも体調も鑑みずに、俺のやりたいようにしてしまって。結果菜々に無理させてた。本当にごめん」
深々と彼女に向かって頭を下げる。
しかし彼女はやはり落ち着かない。
「栄一さん嫌わないでくださいー…うぅっ、グス……」
本当はきちんと落ち着いて、もっと先のタイミングで言うつもりだったけど、きっと今がもうそのタイミングなんだと思って、俺は腹を括る。
「菜々、結婚しよう。俺は菜々を嫌いになったりしないよ。むしろとても愛してる」
俺の突然のプロポーズに菜々は固まったかと思うと、また酷くわんわんと泣き出した。
「もー無理ぃー……好きーーーーーグスッ、結婚しますーーーー…うえーん……」
今度は嬉し泣きと思って良いのだろうか……?
「こんなこと言うのもなんだけど、エッチのルールは菜々が決めて良いし、その通りにちゃんと守るから」
今回の原因は俺の性欲だ。そこはきちんと戒めてもらわないといけない。
ルールの選定を菜々に託し、菜々が落ち着くまで俺はそっと彼女を抱きしめて、待った。

 その後、菜々には許してもらえて、「エッチは一日二回まで。それでも治まらないなら口や手で手伝うけど、許容外は自分で抜いてください」で話はまとまった。
後日俺たちはお互いの両親に顔合わせをして、無事入籍した。
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