最初で最後の愛の話
新聞を手にそう言った愛は、僕と同じ三十代初めのはずなのに何歳も老けて見える。シワができ、白髪もまた髪に混じって僕とは歳の離れた夫婦にしか他人からは見えないだろう。

「大丈夫?病院で診てもらったら?」

僕がそう言うと、「そうした方がいいかな」と愛は診察券を手にかかりつけの眼科に行った。検査をした結果、白内障にかかっているそうだ。僕は愛の時間の流れをまた感じる。

ウェルナー症候群の人は、四十歳までに白内障にかかる人が多い。もちろん重症度には個人差があるけど、両目ともに白内障にかかるそうだ。

「手術しないとね……」

愛は切なげに微笑む。僕は何も言えず、ただ愛の手を握った。愛の手は歳を早く重ねていることを教えてくれる。

愛とあとどれくらい過ごせるんだろう。そう思うと不安ばかりだ。

「浮気してもいいからね」

何も言わない僕に、愛はポツリと呟く。僕は首を横に振ったまま、何も言えなかった。
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