【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「その人は、自分以外の他の誰かを幸せにすることだって言っていたの」
最初は初対面で何を言っているんだと思っていたが、彼の言っていた答えは私の中にストンと落ちてきた。

「私もそう思う」

質問をされた時、正直自分が何と答えたかもう覚えていない。きっと、とても難しい答え方をしたと思う。由希くんの言葉はとてもシンプルで、でも深いものだった。多分私は恋愛に関しても難しく考えすぎていたのだろう。

ああ、恋愛なんて「好き」だと言うシンプルな感情で成り立つものなのか。

「春人は私のことをずっと思っていてくれた。嬉しい以外の感情なんてない」

春人の顔を見て、今度はしっかり言葉にして伝えたい。

「でも、春人を幸せにできる自信が、今の私にはないの」

それでも、私がもう一度春人と幸せになれる未来をどうしても想像することができないのだ。本当に人間というものは不思議な生き物だ。付き合っていた頃なんて、1人で勝手にいつ入籍して何年後に子供が生まれてなんて将来設計までしていたのに。

「それが答え・・・?」
「うん。ごめんね」

明らかに表情に影が差した彼に心が痛くなる。

一度深まった溝を埋める自信が私にはないのだ。元通りの関係に戻れるか、前ように接することができるか、そう言われれば答えはノーだ。嫌いじゃないけれど、愛せる自信がない。この水樹くんで溢れている頭の中を消し去ることができないのだ。

こうして春人と2人でいる空間の中でも、水樹くんの顔がちらついて離れない。

「そっか。そうだよな・・・。一度振った男なんて付き合えないよな」
「そうじゃないよ、春人のことは嫌いじゃない」

春人は「はあ」とため息をつく。が、次の顔を上げた時にはへらっとした明るいいつもの表情に
なっていた。作り笑顔なのはバレバレだけれど。悔しいな、なんて言いながら眉を八の字にして笑顔を浮かべていたが、その瞳の奥には悲しみを隠しているようにも見えた。
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