【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
「あの時、ほら、ショッピングセンターで一緒だった人。優しそうな人だったもんな・・・嫉妬深そうだけど」

嫉妬深そう。それは置いておくとして。優しそうな人、それは水樹くんを差しているのだろう。「彼氏か?」と聞かれた時は、違うと答えたことを覚えている。しかし春人の発言からして、私がすでに水樹くんに惹かれていたことを特別な何かを感じていたことも、ショッピングセンターで会った時点ですでにバレていたのかもしれない。

「そんな人じゃないと思うけど、良い人だよとっても」
「今の奈央、見たことがないくらいすごく幸せそうな顔してるから」

でももう隠す必要も、恥ずかしがる必要も、ない。幸せそうな顔を表立ってしている自覚はないが、彼がそう言っているのであればきっとそうなのだろう。

「春人といるときも、すごく幸せだったよ」

春人と付き合っていた頃だって幸せだったのだ。インドア派で狭い世界を生きてきた私を初めて見る景色に連れ出してくれたのは春人で、好きに偽りは当然なかったのだ。

「そっか、良かった」

春人がふわりと笑う。私つられて笑ってしまった。そしてお互いの視線が交差する。
これが、本当に最後だと。そんな空気が2人の間に流れた。

「なあ、はっきり振ってくれないか。じゃないと次に進めない気がする」

そして最後のお願いに、私はゆっくり頷いた。

「ーーー私、好きな人がいるの。だから春人とは戻れない」

目を瞑ると浮かんでくるのはいつだって水樹くんの姿。笑った顔が綺麗で、声が綺麗で、とても美味しいコーヒー淹れてくれる魔法の手を持っていて、少し毛先が癖っ毛で可愛くて、温かい人。思い浮かべるだけで胸の内側からじわりじわりと温かくなってくる。まるで、コーヒーを飲んだ時のように。
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