愛プチ
彼の言葉に視界がかすみ、喉が渇き、トラウマがフラッシュバックする。

だめだ、本格的に思い出す前に彼の言う通りはやく帰ろう。
何も考えちゃだめだ。

誤解は解いたのだし、ここにこれ以上居座る気もない。
早くこの場から逃げ出したい。




でも、私、また逃げるの?

先週みたいに。

また、逃げるの?

ブスって言われたまま、その言葉を真摯に受け止めてしっかり傷ついて。
このまま何も言い返せないまま終わるの?

「こら、女の子にそんなことを言うんじゃない。
すみません、昔から女の人が苦手みたいで、、」


ペコリとこちらに頭を下げるお兄さんを無視し、勢いよく立ち上がる。


「や、やっぱり、、お言葉に、甘えて、
しばらくの間お世話になります、、!」

声は震えてしまったけれど、はっきりとそう言った。


ああ、私は衝動でなんて決断をしてしまったんだろう。

でも、こうでもしないと、多分私はずっと逃げ続けちゃうタイプだから。
ずっと前に進めないと思ったから。

お兄さんは少しびっくりしていたが、もっとびっくりしていたのは彼の弟の方。
美月君だった。

あれだけひどいことを言われれば普通なら泣いて逃げかえるとでも思ったのだろうか。
ケータイから顔をあげて驚いた顔でこちらをみている。

確かに、いつもの私なら泣いて逃げ帰っていたと思う。
面倒くさいし、恋人でもない異性と同居だなんて、まずバレたらお母さんとお父さんに殺される。

もし、ブスというあの二文字を聞いていなかったら、こんな大胆な決断はできなかっただろう。

でも彼はあけてしまった。

私の心の奥底に静かに沈めていた呪いの箱を。


この際、いいリハビリだ。

先週は逃げてしまったけど、もう逃げない。


私はここでもう一度自分のトラウマと戦うんだ。


「俺もう知らねえ寝る。明日絶対追い出すからな。」
思考回路がパンクしたのかさっきまでの威勢を失った美月君がぶつぶつとつぶやきながらリビングから出て行った。

リビングに残ったお兄さんと顔を合わせるがなんだか今、絶妙に気まずい。。


「あの、、すみません、いきなり押しかけて、、しかも今日から突然転がりこむ形になっちゃって、、ご迷惑っていうのは重々承知なんですが、私も正直行く当てがなくて、、。ここにいる分の家賃は私もちゃんと出しますから。」

言い訳のようにぺらぺらと喋れるのは多分、傷つかない予防線をはるためだ。

「いえ、大家さんにお世話になっているのは本当の事ですし、僕たちは貸してもらっている身ですから。気になさらないでください。
あと、弟がすみません。失礼なことばかり。」


なんてできたお兄さんだろう。

かっこよくてその上優しい。

今私に気になる人がいなければ確実にコロッといっちゃってたな。
危ない危ない。


お兄さんは里中隼人さんというらしい。
歳は私の二つ年上。
近くの大手アプリ開発社に勤めているらしい。

あんなに大きな会社ならそこそこ給料もいいはずだなのに、なぜこんな普通の家に暮らしていてしかも独身なんだろう、、。

まあでも生き方なんて人それぞれだし余計なお世話だな。

謎は多いけれど、とにかく私は私の生活をすればいい。
お互いの生活に干渉はしあわないという事だけとりあえず約束した。
あと、大家である母には絶対に秘密にするようにと。

さて、私は今日からこの家での生活に耐えていけるのだろうか。。
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