恋はオーロラの 下で
「さて、俺たちも行こう。」

「はい。」

海老原さんは傘を畳んでリュックに差し込んだ。

「あの子と何を話されていたのですか?」

「うん、ま、いろいろとね。」

「そうですか。元気になるといいですね。」

「彼なら大丈夫。」

「本当ですか?」と疑わし気に聞いた。

「なんだ?どういう意味?」

「別に、なんでもありません。」

私は登山道であの子の父親とレスキュー隊を待つ間

山へは受験の合格祈願に来たという話を聞かされ

イライラした気持ちのままだった。

そんな大切な時期に登るなんて最低だと思い

こんな親にはなりたくないと思い

そのすべてを口に出して言わなかったが

大変ですねと同情の言葉だけは伝えた。

今日は午前も午後もアクシデントに見舞われて意気消沈だ。

早く帰りたくなった。

やっとふもと駅に到着した。

広い駅舎の中に入ってカッパを脱いで畳んだ。

「土屋さん、帰りは?俺は車だから送るよ。」

「いいえ、電車で帰ります。」ときっぱり言い

リュックからICカードを取り出した。

「そう。」

「海老原さん、今日はありがとうございました。」

私は多少なりとも自分の顔に疲れが出ているかもしれないと思った。

「聞いてもいいかな?」

「何でしょうか?」

「和田今日子とは知り合い?」

「今日子?」

海老原さんがどうして今日子を知っているのだろうか。

「俺は部門が違うから接点ないけど、彼女からこれをもらったんだ。」

と言ってスマホの画面を私に見せた。

ギョッとした。

画面いっぱいに自分が映っていた。

今日子、こんなことして、あのお節介。

「これ、土屋さんだよね。」

海老原さんはスマホをポケットにしまい

眼鏡を外してフロスでレンズを磨いた。

私は彼の顔をしげしげと見つめてハッとした。

この人、あの人だ。

「あの、ちょっと聞いてもいいでしょうか?」

「何?」

「今年の春、スプリング・トレッキング・フェスタに参加しませんでしたか?」

「ああ、あれ行ったよ。なんで?」

やっぱりいたんだ。

「知り合いとグループ参加したけど、それが何か?」

「なんでもないです。」

今日子に確認するしかない。

いったい何を考えているのかしら。

問いただすつもりでいた。

「では、私は失礼いたします。」

「あとでメールするよ。気をつけて。」

背後で海老原さんの声を聞いたが

返事もせずそのまま駅の改札口を通った。


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