私に攫われてください
「何を悩んでおられるのですか?」

屋根の上にいた男性は、女の子の隣に軽やかに移動して女の子を見つめる。

「えっ……」

「あなたは何か思い悩んでいる様子です。美しい顔が台無しだ」

「そんなこと……」

女の子は男性に褒められ、嬉しさを覚える。心からの言葉をかけられたのは初めてだった。いつも、周りにいる人間は嘘を並べていく。それを女の子は幼い頃から見ていた。

男性はメガネのようなもので素顔を隠しているが、整った顔立ちであることは間違いない。神秘的な魅力に、女の子は一瞬で目の前の男性から目が離せなくなっていく。

「どうか、私に攫われてくれませんか?」

しばらく女の子と話した後、男性が右手を差し出す。それはまるで、王子が姫君に対してするような美しい動作だった。

女の子は少し考える。この目の前にいる男性とは、遠目で見たきりだ。彼のことは何も知らない。信用していいのか、少し不安になる。
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