禁猟区のアリス
16

「私とライトの人生が入れ替わったとして、私とライトが出会わなければどうなる?」


「うーん。その場合、彼女は君として君の人生を歩むことになるだろうな。でも、彼女は君であって君ではない。もしかしたら、彼女のママと出会うことなく、平穏な、何の変哲もない人生を送り、寿命を迎えるかも知れない」


私の人生の失敗は、何だ?ライトの母親と出会ったことか?それさえなければ、ウサギの言うとおりの人生があったのかも知れない。

ただ退屈で何もない人生が。


「君が彼女に対して、愛を持ってシツケをしていたというのなら、答えはひとつしかないだろう。迷う必要なんて、どこにあるんだい?」


私はライトを愛していただろうか。私はライトを愛していただろうか。ワタしは…ワタシは……ワタシハ……。

考えがぐるぐると頭の中を回り続ける。水の中で溺れる熱帯魚のように。


「答えが出ない、ということはそういうことよ。残念だけど」歌うように黒猫が言った。

「もう一人のアリスは何て答えるかしら。マシュマロの浮いたココアの甘さしか、幸せを知らない可哀想なアリスが、あなたを庇ってデキシしてくれるかしらね」

黒猫がホットミルクのカップを銀の盆に乗せた。まだ一口も飲んでいないというのに、ウサギはもう興味を失っている。


「アリスがアリスでいる間、僕の興味はアリスだけだ」

確かウサギはそう言ってなかっただろうか。


「私は……死ぬのか。溺死は……苦しそうだな」

その呟きに答える者は、誰もいない。


***

深海を思わせる青い扉が開いて、黒い制服のウエイトレスが「いらっしゃい」と声をかけた。

胸元には青いリボンが揺れている。
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