愛してるからさようなら
 16時。

「お先に失礼します」

私は保育園のお迎えのため、事務所を後にする。

そうして出た先に優くんが待っていた。

「桃香!
 ちゃんと話したいんだ」

そう… だよね。
黙っていなくなったんだもん。
気にするよね。
ごめん。

でも……

「ごめん。
 行く所があって、時間がないの」

私はそう言うと、

「いいよ。
俺も付き合うから、行った先で話そう。」

行った先?

保育園じゃ、無理でしょ。

とりあえず、うちでいいか。

「乗って」

私は愛車の軽の助手席のドアを開けた。

優くんは素直にそこに乗り込む。


15分ほどで保育園に到着し、私は誠を迎えに行く。

後部座席のチャイルドシートに誠を乗せ、運転席に戻ると、優くんは怪訝そうに私と誠を見比べている。

それでも、優くんは何も聞かない。

でも、本当は聞きたいんだろうなというのが、優くんの表情にありありと現れている。

ふふっ

私は、変わらない優くんに心の中でこっそりと笑みをこぼす。

 5分と掛からずアパートに帰り、優くんを招き入れた。

「散らかってるけど、どうぞ」

優くんと誠にお茶を出して、私もダイニングテーブルの席に着く。

「えっと、何から話そうかな… 」

私は、お茶を一口飲んで話し始める。

「この子は、(まこと)
来週、一歳になるの。」

そこで初めて優くんが口を開いた。

「もしかして、この子… 」

私は慌ててその先を遮る。

「誠は、私の子。私ひとりの子。
だから、優くんは気にしないで 」

私が産みたくて産んだんだもん。
優くんが負担に感じる必要はない。

「いや、そんなわけないだろ!
俺の子だよな?
なんで言わなかったんだよ!」

「ふぇ…… 」

少し感情的になった優くんの声を聞いて、麦茶を飲んでいた誠が泣き出しそうな顔をする。

「あ、ごめん。え、あの、どうしよう?」

優くんが狼狽(うろた)えるのを横目に、私は立ち上がって、誠を抱き上げた。

「大丈夫よ。
この子、男の人の声を聞き慣れてない
から、怖かったのよ。」

私は誠をあやしながら言った。

「俺、あの時、桃香が妊娠してるって
知ってたら、留学なんてしなかった。
二人で誠を育てたかった。」

優くんは真っ直ぐに私を見て言う。

「うん。優くんならそう言うと思ってた。
だから、言わなかったの。
優くんには、やるべきことがあって、
邪魔したくなかったし、この子を
諦めることもできなかったから。
だから、これでいいの。
誠は、私が一人で育てるから、優くんは
気にしないで、忘れて。」

元々、そのつもりで産んだんだし。
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