君がいれば、楽園
 ぐふぅっという音がして、カウンターの向こうにいた弟が突然消えた。

「それは大変でしたね。痛みは?」

「痛いです。だから、お酒で紛らわそうかと思って」

「お酒は傷によくないんじゃ……」

 オッサン紳士の言うとおりだ。
 でも、本当に痛いのは、足でも指でもない。

「怪我には効かないでしょうけれど……失恋には効きますから」

「失恋って……冬麻さんと別れたの? 本当に? 嘘でしょ。だって、結婚するんじゃなかったの?」

 再びカウンターの向こうに現れた弟が怪訝な顔をする。

 四年も付き合って、半同棲状態であればそう考えるのは普通なのだろう。

 でも、わたしたちの間で、結婚の話が出たことは一度もない。

 お互い仕事が忙しく、かつ充実していたし、焦る理由もなかった。
 子どもができたことをきっかけにする、という展開も起きなかった。
 彼はきっちり避妊していたし、わたしも自分の体調管理のために、ピルを飲んでいる。

 だからと言って、冬麻と結婚したくなかったわけではない。

 結婚するなら相手は彼しかいないと思っていたし、彼以外とは結婚できないだろうとも思っていた。
 ほかの誰かと一緒にいる未来なんて、考えたこともなかった。

 でも、彼は違ったのだ。

「何があったのさ? 話してみなよ」

 優しく促され、堪えていたものがあふれ出した。

「冬麻が……浮気……ううん、ほかに好きな人ができた、みたい」
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