君がいれば、楽園
 弟は、高校を中退した後、しばらく……道を踏み外していた。

 わたしやわたしの母には言わないけれど、女遊びも、人に言えないようなこともさんざんしていて、本人曰く「クズだった」らしい。

 けれど、いまは元キャバ嬢のミナちゃんという奥さんと、彼女の連れ子であるヒナちゃんの三人で、仲睦まじく暮らしている。

「ミナとヒナは、元旦那のところだよ。あっちも、付き合っている相手に子どもができたから、近々再婚するんだってさ。もう、ヒナだけのお父さんではいられなくなるから、最後に三人で過ごしたいんだって」

 弟は穏やかな笑みを浮かべて、何でもないことのように言うが、心の中もそうだとは限らない。人の心がわからないわたしでも、複雑な心境でいるだろうことくらいは想像できる。

「いいの? ヒナちゃん、あんたのことお父さんって言ってくれるようになったのに、また逆戻りするんじゃ……」

「ミナに行ってもいいかと訊かれたとき、正直、面白くないと思った。でも、よく考えたらさ、ヒナが十八までは家にいるとしたら……彼氏ができる可能性はあるけれど、あと十五回くらいはおれたち家族でクリスマスを過ごせるだろ? でも、ミナの元旦那は、もう二度とヒナたちと『家族』としてクリスマスを過ごすことはない。十五回あるうちのたった一回譲るのを渋るって、俺、すっげー心狭いなと思ってさ。第一、俺のちっぽけなプライドより、ヒナが楽しいクリスマスを過ごすほうが大事じゃん?」

「あんたって……チャラチャラしているように見えるし、実際そうなんだけど、でも……優しいよね」

 しんみりした気持ちで褒めたのに、なぜか弟は憮然とした表情になる。

「あのさ、姉ちゃん。褒めていると見せかけて、ディスるのやめてくんないかなぁ?」

「お姉さんは、ディスってませんよ。マスターは心が広いと褒めているんですよ。ところで、その怪我……どうされたんです? 大丈夫ですか?」

 いくらコミュニケーションが苦手でも、紳士相手に無視なんて失礼な真似はできない。
 わたしは、できる限り可愛らしくまとめてみようと試みた。

「転んで足を捻って、カボチャを切ろうとして指を切った、的な?」
< 28 / 63 >

この作品をシェア

pagetop