君がいれば、楽園
「うん。いいよ」

 彼は「本当にいいの?」と訊いてきたけれど、仕事ならしかたない。

「家でごはん用意して待ってるね」

 彼は、ほっとしたように笑みを浮かべ、わたしの頬にキスをした。

「ありがとう、夏加。いってらっしゃい」

「い、いってきますっ!」

 お返しとばかりに爪先立ちになって彼の顎に――身長差がありすぎて、唇には届かない――キスをして、玄関を飛び出した。

 いつもは、そんなことなどしないのに。

 わたしを見下ろす彼のまなざしが、部屋にあふれる緑の植物たちへ向けるのと同じもののような気がして、嬉しくなってしまったのだ。

 でも、それはわたしの勘違いだった。

 わたしは、彼の気持ちがまったくわかっていなかった。
 彼が、別の人を好きになっていたことに、まったく気づいていなかった。
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