君がいれば、楽園
 人の心は、予測不能の動きをする。

 言葉で完璧に表現することもできなければ、行動で完璧に示すこともできない。

 プログラムのように、書いたとおりに走り、不具合があったらバグを修正すれば解消するというようなものでもない。

 漂う空気。思わせぶりな目配せの意味。柔らかな言葉の裏に隠された辛辣(しんらつ)な本音。声音、抑揚(よくよう)、仕草。言葉よりも雄弁(ゆうべん)に人の心を表すとされるものたち。
 それらを暗黙の了解のうちに理解することは、わたしにとって相変わらず無理難題だった。

 きっと一生、恋もしなければ、結婚もしないだろうな、と思っていた。

 冬麻に「恋人」になりたいと言われるまでは――。

 人の心を理解できない自分が「友人以上」の関係を築いていけるのか、不安だった。

 彼は、「恋人」という関係になることを躊躇(ちゅうちょ)するわたしに、「植えたばかりの苗木が育つには何年もかかる。枯れたり折れたりしないよう、二人の関係を大事に育てていきたい」と言ってくれた。

 わたしも、彼との関係を大事にしたいと思った。

 大事に、していたつもりだった。

 ――でも、何かが足りなかったのかもしれない。

 (うつむ)いた拍子(ひょうし)に、頬を伝った(しずく)が落ちた。
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