悪役令嬢だって恋をする
13、対面
 朝になった。

 昨日の事件は夕方にさしかかる時間だった、夜ではない。であるのに、どうなったかの結果をラシェルは知らない。

 朝の支度をする為にラシェルの侍女らが、スマート且つ素早く。口を挟む隙間を与えないように仕事をしている。


「ラシェル様、食事に手をつけられておりませんが、どうしましたか?」


 侍女頭のおっとり意見は、ラシェルの眉間にシワを刻む。

(昨日の今日で、白々しいわ。流石王宮の侍女って感じかしら。昨日の事件をマルッとなかったように振る舞う姿は素晴らしいけど…腹立つ)


 これ以上不機嫌を侍女らに披露したところで意味はない。彼女達も知らなく、知らされていないのが通常だ。

 いい意味で侍女は友人ではない。口が固くともラシェルが王家の話をするのは禁止。
 恋愛トークくらいなら許して貰えるかもしれないが、対相手がアベルなら無理というもの。


 ラシェルは刺繍や文通、恋愛小説座談会など、年頃の娘が夢を描き大好物な話題に興味がなく。
 したがってお茶会などにも参加しない。当然同じ年頃の同性の友人がいないラシェルは、一番花が咲く恋愛トークを誰とも交わさず、本当にひとりぼっちだった。


(恋愛って難しいわ…。同性の友人がいないから、誰にも相談出来ないし。そもそも両思いで、上手くいかないのっておかしくない!?)


 色々ありはしたが、アベルの本心は父であるヴィルヘルムが母ティーナに向ける愛と同じほど、深くラシェルを愛している…はず。それは間違いないと思いたい。

 舞い上がってしまいドレスを破る失態を犯したラシェル達は、皆を勘違いの渦に巻き込んで今に至る。


(もうー!!! 貴族の人たちって色々遅いわ!! 本能のまま独断で動くのがいけないと分かるけど、報告、連絡、相談がとろくさいのよ。
 上層部だけ分かって下々には意見を流さない。だから、変な噂が広がるし間違いが起こるの!!!)


 フシュー…フシュー…フシューと湯気を出しながら、朝食の果物をつつくラシェルを侍女らは見て見ぬふり。

 まだ侍女らは、アベルに襲われた昨日の事件を怒っていると思っていた。どこまでも勘違いな面々だが、誰も何も触れずに時間は経っていく。




 今日はラシェルの大好きな帝王学の日だ。二週間に一度、宰相ソードから直々に学びを受ける日だ。

 長い時間ではないし、本来はレイナルドだけだったが無理矢理ラシェルも入れ込んでもらった。兄が騎士見習いとし、騎士養成学校に入団した後もラシェルは一人でソードから帝王学を学んでいた。


 兄のレオナルドは今は王宮に住んでいない。


 ボルタージュ騎士になるためには、騎士養成学校に入団している。騎士には十歳から入団できた。

 門扉は広く、基本誰でも入団できる。生活に必要なモノは全て支給される為、入団する場合は必ず身一つで来る。よって、貴族や一般人などは関係なく実力主義。

 騎士は国の宝とされているので、衣食住にかかる費用は全額、国が持つ。騎士に入団した者は家元から離され、全ての生活を騎士仲間で行うよう義務付けられている。

 無論、ローテーションでひと月に一度程度は休日が二、三日貰えるので、自宅に帰るもよし、恋人がいる者はいちゃついてもよし、という事だ。

 騎士見習いは、掃除、洗濯、料理、全てを行う。

 朝早く起き基礎の身体作り、昼は勉学、それが終われば実践演習という日々、耐えられなく潰れていく者も多く。だからこそ、ボルタージュ騎士の称号を手に出来たものは、皆から一目を置かれ、賞賛があるのだ。

 レオナルドは前の月、休暇を取得していなかった為、一週間という長い休暇期間を取得し王宮に帰っていた。



 ラシェルだけでなくレイナルドにとっても宰相ソードの授業は久しぶりで、今回は二人で学びを受ける予定になっていた。


 ラシェルを迎えにきたレオナルドと共に、肩を並べ回廊を歩く。
 二人は特別な兄妹だった。最近は見なくなったが、幼い頃は幾度となく前世を夢にみた。


 レオナルドの前世は、今現在も賢王とし言い伝えられ絶大な人気を誇る、三百年前のボルタージュ国王レオン・ボルタージュだ。
 今世でレオナルドの実父であるヴィルヘルムは、前世では白銀の騎士アレンであり、唯一無二の親友であった。
 そして実母であるティーナは、前世王女エルティーナで、前世では目に入れても痛くない程溺愛した年の離れた可愛い妹だった。

 ラシェルの前世は、同じ時代に生きた三百年前のスチラ国の女王ラズラ・スチラ。そしてエルティーナのはじめての友人で親友。
 若くしてこの世を去ったエルティーナと彼女を全身全霊で愛した護衛騎士のアレン。二人を偲び、史実に幸せな嘘を沢山付け加え『白銀の騎士と王女』という物語を書いて出版した張本人だ。


 断片的に夢で見る程度で、ラシェルもレオナルドも前世の全てを知るわけではない。
 夢で知り得た事は、自分達の両親はかつての互いの大親友だった。ラシェルとレオナルドは夢の共有もあり、良い相棒のようで他の兄妹達とは違い、深い話し合いも自然に出来た。


 そうした二人だ、気になる事は隠さず確認する。二人きりになれば確認したいとレオナルドは強く思っていた事柄をラシェルに聞いた。



「…ラシェル。今、噂になっているのは、」

「嘘です、嘘。真っ赤な嘘。だいたいあの頭堅いアベルお兄様が襲ってくるなんて、あり得るかしら?」


 レオナルドの力が抜ける。


「はぁぁぁぁ、そうだよな。嘘だろうとは思ったが、早朝に素振りをしていたら、偶然、庭園や回廊で侍女や侍従の噂話を耳にして、ラシェルに一刻も早く確認したかったんだ」

 ラシェルを心配しているのが見てとれ嬉しい。

「心配ありがとうございます、レオナルドお兄様!」


 見目麗しい自慢で優しい兄に、ラシェルは13歳らしい屈託のない笑顔を向け腕に抱きつく。ちょっとだけ体重をかけながら甘えて歩く。

 楽しい気持ちでフワフワのラシェルに、レオナルドは失礼な爆弾発言を落とす。


「アベル兄上が襲ったのではなくて、ラシェルがアベル兄上を襲ったんだろう?」

(何故そうなるの!?)

「違います!! 違います!! レオナルドお兄様も酷い勘違いですね!!」

 優しい気持ちが霧散した。今は怒りモードだ。苛々しながらも、昨日の事件を事細かく兄であるレオナルドに伝えた。


 レオナルドはラシェルの熱弁を静かに聞いていたが、的確に周りを詰めていくような話し方に恐さを感じながら、誠意を見せ相槌をうつ。

「と、いうことなの!」

「悪かった、言い方が悪かったよ」

「言い方というか、何故私が襲うって思うのよ!」

 妹を宥めながらも、そこは正直に言葉にする。


「どう考えてもアベル兄上からは想像つかない。いつも際どい仕掛けはラシェルからだし。
 性に対しては、ラシェルからの仕打ちを堪える事自体までも喜んでいるように思えてしまうから」

「結構ないいようね」

「いや、事実だと思うけど」

「レオナルドお兄様の意地悪! そんなんじゃ肝心なところで好きな人に逃げられるわよ? スキャナー伯爵令嬢のクエアにある事ない事、手紙にしたためて送っちゃうわよ?」

「は? な、なんで、ラシェルが!?」

「しーらない」

「ラシェル!!!」

 クエアと文通しているのを何故、妹が知っているのか訳がわからずレオナルドは頭が大混乱。側から見れば仲良くわちゃわちゃしている二人。

 仲良く回廊を歩いて楽しんでいたのに、兄妹の顔が一気に強張る。


 招かざる客が花を振り撒き(ラシェルからはそう見えた)ながら歩いてくるではないか。

 王族専用の自室がある宮殿から、ちょうど騎士団演習場へ続く門があるところだ。

 この先を少し進めば国王がいる政務室があり王立図書館や、会議室など用途に合わせた部屋が並ぶ本宮殿となる。
 ラシェルとレオナルドは政務室がある塔の、一階の会議室を目指し歩いていた。



 舐めるように聞こえる嫌な女の声は、ラシェルの耳と心臓部をえぐってくる。


「あら? ラシェル様では? お会いできて嬉しいですわ。ね、アベル様、クレール様!!」


 スチラ国デール伯爵令嬢 マルシェ。

 例の女が、まるで『わたくしの護衛騎士なの』という具合で、右手でアベルの袖を、左手でクレールの袖をくいっくいっと引っ張りポッと頬を赤く染めた。

 5メートルほど後ろには、同じスチラ国のサールベン伯爵令嬢ルビーもいるが、彼女はまるで無視。あくまでアベルとクレールとマルシェの三人仲良しだ。

 全てにおいて胸糞悪い。

 アベルとクレールに挟まれて最高に満足なのか、黒いモヤ(神からの特殊な能力の贈り物なのか、腹黒具合が黒いモヤでラシェルには見える)を纏いながらも、顔は花がほころぶように可愛いく照れている。

 アベルとクレールという美男子を引き連れてさえも、その視線はレオナルドを真っ直ぐ見つめ、上から下まで舐め回すように見ている。


(…どうしてかしら、一発殴りたい)


 ラシェルはマルシェに嫉妬心を絶対に見せたくない。もの凄く今の状況にツッコミを入れたいし、昨日の今日だ。本格的にアベルから離されたのだと理解した。

 そして納得は怒りと諦めに変わっていく。


(やっぱりね。アベルお兄様が私を思う気持ちは、お父様がお母様に向ける気持ちと同じではなかった。そういう事ね)


 隣にいる妹の温度が下がったのが分かり、レオナルドはこの場から逃げ出したかった。男女のイザコザほど面倒で正解がないものはない。

 大切な妹でも、大好きで尊敬するアベル兄上でも関わりたくない。



「まぁ! マルシェさん、ご機嫌よう。私は今から大好きなお兄様と二人きりでお勉強ですの。そのね、先生がとっても素敵で!!マルシェさんは会われてないかしら?」


 マルシェは美男子アベルとクレールに挟まれているのに、ピタリとレオナルドにくっつくラシェルを引きつる笑顔を貼り付け睨んでいる。

 レオナルドはラシェルの纏う冷気の様子が気になる為、儚げ美少女のマルシェに興味がわかない。それどころではない。

 今までマルシェの存在を知らない殿方がおれば、反応はだいたいが同じ。
「あの子は誰?」「ちゃんと俺を紹介して」と会話が進むはず。そうならない現状にマルシェが苛つくのも頷けた。


 全世界の男がマルシェを好きでないといけないようだ。馬鹿馬鹿しい。


 昨日の会話から推測し、マルシェの好みは年上の美中年だろう。父であるヴィルヘルムを誘っていたのを見れば分かる。

 無言で何も言わないマルシェに、悪役顔を貼り付け勝ち誇ったようにラシェルは話を続けた。


「会われてないみたいで、それはとても残念ですわ。要人でもなければ、隣の国のただの令嬢に会うわけないですわね。失言だったかしら、ごめんなさい。
 〝私の先生〟は本当に勉強どころではなくなるほど素敵な殿方ですの!!」


 キャッ!! とわざとらしく照れて見せる。


 マルシェは一応、顔のパーツは笑顔を貼り付けているが、瞳の奥は憎しみの炎。
 黒いモヤもより漆黒となり両端に立つアベルとクレールが見にくいほどだ。
 五メートルほど後ろにいるだろうルビーは最早、見えない。

(恐っ、でも楽しい!! ざまあーみろ)

 ラシェルは気をよくし、さらに悪役令嬢を披露する。


「〝私の先生〟はね、例の物語である白銀の騎士の末裔ですの!! 我がボルタージュ王国随一の美しさですわ。
 クレールお兄様も〝私の先生〟の息子さんだから、まぁまぁ綺麗ですが、先祖返りをされているあの方は他とは雲泥の差、全然比較になりませんの。
 鼻垂れたお子様ではなく、それはもう色々と…色々ね、男性らしい魅力に溢れて。
 思わず見惚れてしまう美しいご尊顔とアメジストの宝石のような瞳、胸を鷲掴みにするバリトンの心地よく響く良い声。
 そう!!! ボルタージュ宰相のソードおじ様は!!!……あっと、はやく行かなくては!! 嬉しくて〝私の先生〟の事を語ってしまいましたわ。
 皆様、今日一日、素敵な一日になりますように」

 誰もが何も言葉を紡げない状況の中、ラシェルはまた一つ爆弾を投下する。


「ねぇ…お兄様、私、疲れたわ、抱っこぉー」


 とどめとばかりに、レオナルドの首筋あたりに手を置いて抱っこを強請る。


「…あぁ、うん」


 レオナルドは怒りから睨みつけてくる(すでに笑顔はなくなっている)マルシェ。
 それ以上に今にもサーベルを抜いて襲いかかってきそうな、どす黒い嫉妬を含むアベルの視線をレオナルドは前面に受けながら妹を抱える。


「お兄様、大、す、き」

(ラシェルぅー、もうやめてくれー)


 追い討ちの鼻から抜ける甘ったるい声で、ラシェルはレオナルドにギュッと抱きついた。
 この場から出来るだけはやく逃げたいレオナルドは、速足で目的地を目指す。


 女同士の落とし合いは、騎士の実戦練習より緊張し恐い。
 そして嫉妬入り混じるアベルのサーベルが背後から飛んできそうな雰囲気に、レオナルドは精神をガリガリと削れる。


(アベル兄上、ラシェルの冗談を本気にしないでください! 聡明な方なのに、ラシェルが絡むと酷く残念な方になるな。アベル兄上、冗談ですから冗談!!)


 口には出せない言い訳をひたすら心の中で唱え、歩いて…いや走ってレオナルドはその場を離れた。




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