悪役令嬢だって恋をする
2、昔と今の違いは?

 
 昨日の舞踏会から一夜明け、アベルの胃はキリキリと痛み続け、全く食事が喉を通らない。アベル専属の侍従長が心配そうにしているが、食べれないものは仕方ない。

「アベル様、朝食は食べられないのですか?」

「すまないが、いらない」


 それ以上、話す気力がないのか。身支度をしアベルは俯いたまま部屋を出る。

 思い悩み悲しんでいても、王太子としての仕事は終わりのない仕事だ。やるべきことは山のようにある。


 国王となった父の助けとなるべく、アベルは色々な国に赴き、着実に未来の王としての器を広げていった。

 それは自体は大変素晴らしいのだが、本人の思いとは裏腹にアベルの見目は行った先々で、女を恋という底無し沼に落としていった。

 涎ものの麗しい姿に、手足が長く長身、騎士として鍛え上げられた肉体美。そして大国ボルタージュの王太子であるのに、異常に身持ちがかたい。

 それがさらに女性らの心を鷲掴みにしていた。

 多少遊んでも許される身分を持っていても、一途に想う相手がいるからという理由から、女を使う接待を物凄く嫌がる王子としてもアベルは各国で有名だった。

 アベルに思われている女性は、本当に幸せで羨ましいと言われ続けていたが、それを聞いたアベル本人は笑うしかなかった。
 どれだけ皆が賛辞を送ってくれても、肝心のラシェルから選ばれないなら意味はない。


(はぁぁぁ……。ラシェルの好きなタイプが分からない。今まで付き合っていた男に、共通点がないからな…)

 アベルが外交として二ヵ月ほど国を離れれば、決まって彼氏が変わるラシェルに、毎度心臓を踏み潰されていた。


(何故、俺ではいけないのか?)


 好きなタイプを教えてくれたら、アベルのイヤなところを教えてくたなら、必ず直すと誓える。昨夜、勇気を出して聞いたが、ラシェルは何も言わず。

 アベルの質問を誤魔化すように、二人きりになれば昔はよくしていた性的な触れ合いをし、そしてそれさえも最後は拒絶してきた。

 声を大にして伝えたい。どうすればラシェルの恋人になれるのか? アベルは日々悩んでいた。


(…恥をしのんで、ダッカンに聞いてみるか?)


 別れたようだが、一度はラシェルと付き合えた男だ。ラシェルのあの豊満で柔らかな身体をすでに味わった男に聞くのは、身を切られるように辛い。しかしアベルは悠長に構えておれない。

 噂では多方面に有名なラシェルだが、まだ13歳。であるから王宮に随時いる一握りの官僚か、その息子達ほどしか生身のラシェルを知らない。

 本格的なデビューまでは、まだ2年先。それなのにラシェルはすでに18、9歳ほどの魅力ある肉体と、輝くばかりの美しさをもっていて、アベルは気が気じゃない。

『早く大人になりたい』が口癖のラシェルだったが、アベルとしてはもっと、もっと、ゆっくりでお願いしたかった。


(まだ13歳で、何故あれほどグラマラスなんだ…?ティーナ様と叔父上の血を引いているからか? 特別な二人の子供だからか? )


 真面目な思考から性的思考に脱線していく。

 昨日の夜に体験した、ラシェルとの久しぶりの肉体的な触れ合いに、アベルは陶酔する。


(昔は、よく触ってくれた…。
 優しく握りながら擦って。膨れ上がったカサを手で掴み、掻くように刺激を与えてくれたのは、最高に気持ちよかった…。
 堪えきれず暴発した時も嫌な顔ひとつせず、いつも綺麗に拭いてくれた。
 決まって最後は「アベルお兄様、大好き。早く大人になるから待っていて」と。そう固く抱き合った…。
 俺は、ラシェルが本当の意味で大人になるまでは、いつまでも、あの行為で満足だし、続けたかった…)


 いつまでも続くと思っていた幸福な触れ合いは、突如なくなった。

 本当にいつぶりか……感激するほど久しぶりで。昨日の夜は手首が痛くなるまで、ムスコをシゴいては射精を、何度も繰り返していた。


(……ラシェルの身体…柔らかかった。
 久しぶりに触ったが、あの心許ない白くて柔らかい胸を、服からこぼれそうなほど出して、襲われないか心配だ…。
 男の身体に興味があるなら、もっと俺で色々試したらいいのに。ラシェルの歴代の彼氏達と俺は何が違う!?)

 執務室への道すがら、考えても考えても答えは出ない。

 手酷く突き放されたが、ラシェルは今、誰とも付き合っていない。いわゆるフリーであるのことの事実は、正直アベルには飛び上がるほど嬉しいこと。


(ラシェルが本格的に婿探しをするまでには、まだ後二年ある。それまでに振り向いてもらえるよう努力だな)

 アベルは最後の最後まで諦める気がなかった。どれだけ傷つけられても、簡単に次にいけないほどラシェルを愛していたからだ。

 アベルが自室から出てしばらく歩いた先。

 四季折々の花が咲き誇る庭園のベンチに、アベルの剣の師であり、叔父であり、熱い想いを向けているラシェルの父であるヴィルヘルムが、長い足を優雅に組んで空を見上げていた。


「ヴィル叔父上?」

「あぁ、おはよう、アベル」

 ヴィルヘルムが振り返ると同時に、腰まである長い黄金色の髪が空気をまとい、ふわりと舞い上がる。

 きらびやかな舞台俳優や、空想上の物語に存在する人間、男装の麗人ならいざ知らず。

 生身の男であり、騎士団長さえも打ち負かす屈強な騎士であるヴィルヘルムが、ここまで美しく長い髪なのは異様。

 他国合わせても、ここまで美しい長い髪を持つのは、叔父であるヴィルヘルムしか知らない。

 この惚れ惚れする絹糸のような髪は、ティーナ様に愛でてもらう為だけに伸ばしていると知った時、アベルはポカーンと口を開けたまま数秒固まったのを覚えている。

 アベルは『ヴィルヘルム叔父上は変だ』と思うが、もしラシェルが長い髪が好きだと言えば、自分もやはり伸ばして美しく保とうとするだろうと思い『叔父上の姿は美しくあって間違いない』と強制的に思考を終わらせた。


「……おはようございます」

「執務室だろう? 私も今日は補佐をしろと呼び出されているから、一緒に行こう」

「はい」

 アベルの護衛騎士であるノアが一礼し、ヴィルヘルムとアベルの少し後ろを歩く。

 ヴィルヘルムがまだ独身の頃は、護衛騎士は側にべったりが基本であったが、今はそこまではせず王宮を離れる時や、外交する際に、側へ付く事となっていた。

 ただアベルは3年前に王太子としてお披露目されたところ。万が一の場合に備えて、騎士団から身元がしっかりした、腕が確かな数人が専属護衛として派遣されている。

 主は45歳になる寡黙な男ノア・スタンダールが、アベルの護衛騎士として付いてまわる日々だった。

 庭園を抜けて、執務室まで続く長い回廊を肩を並べ無言で歩くアベルとヴィルヘルム。

 昨日の今日だ、何か言いにきたのかと待ち構えていたアベルは、何も話をせずに歩くヴィルヘルムを横にソワソワしてしまう。


「…ヴィル叔父上。俺に用があったのでは?」

「とくにない。執務室に行くまでに少し時間があったから、休憩していただけだ」

「…ヴィル叔父上は、最近ラシェルと話をしましたか?」

 不安そうなアベルの声が届く。察しているヴィルヘルムは真面目で融通がきかない甥っ子に焦点を合わす。
 
「昨日の夜、話をしたがなんだ?」

「…いえ。聞いてみただけです」

「そうか」


 ヴィルヘルムにとって、アベルは甥っ子であるし、騎士としての肉体造りには大いに手助けをし、師弟関係にもある。いわゆる我が子同様可愛いのだ。

 可愛い我が子、ラシェルの性格は変えられないし、変わらない。あの強すぎる性格は前世から持ち越されたものだ。

 ラシェルの前世はスチラ国を率いた女王で、エルティーナの大親友。

 前世で結ばれなかったヴィルヘルム(アレン)とティーナ(エルティーナ)をしのんで、幸せな嘘を沢山プラスし『白銀の騎士と王女』という本を作成し、出版したほどエルティーナが大好きだった。

 本人は夢で数回見たほどしかなく、深くは前世の記憶はない。
 前世うんぬんは、ほぼ分かっていないが、頭が良過ぎるのはガッツリ今世に引き継がれており、ラシェルはまさしく天才。

 アベルとイチャコラするのも、親族すべてが許していた。正直なところラシェルは王妃の器があり、皆が大賛成。

 アベルのような裏表がなく、真っ直ぐ過ぎる性格の男には、ラシェルくらい裏の裏の裏を読み、見た目は傾国と言わんばかりの美女で、腹の中は真っ黒ぐらいがお似合いなのだ。

 ラシェルは王族で金に困った事がないのにもかかわらず、金の執着が凄い。

 とくに国庫財産を増やして、住みやすい国づくりを生き甲斐のようにしているラシェルは、すでに宰相のソードと深い話し合いをするほどだ。

 正直、他国へ嫁に出したくはない。飼い殺しはダメだが、ラシェル本人がアベルの隣に並びたいというなら「どうぞ、どうぞ」だ。

 で、いくら未来的によくても、長身でがっちりとした体格の青年アベルと幼女ラシェルの組み合わせだ。
 彼ら二人の濃厚なイチャイチャは、いつか取り返しのつかない事件を起こしてしまうのではないか気が気じゃなく、常に周りをヒヤヒヤさせていた。

 だがそれもすぐに終わり。

 思った以上にアベルの理性は鋼鉄であり、ラシェルは皆を引かせるくらい異常に発育がよく、ちぐはぐだった二人は、現在誰よりもお似合いとなっていた。

 内輪の舞踏会で必ず踊る二人は、まさに一幅の絵のようにしっくりとき、眼福ものだった。

 アベルとラシェルのバランスは最高。というのが皆の認識だった。


「アベル」

「はい」

「ラシェルは見た目がアレだが、まだまだ子供だ。将来はどうなるか分からない。アベルも少し他に目を向けるのもいいと思う」


 尊敬する叔父から他の女を見ろと言われれば、ラシェルの気持ち云々より関係は断裂される。

 ラシェルの口癖の一つに。

『前世で私はお母様の親友だったの。お母様を全身全霊で愛してるお父様は本当に素敵。いつか私も大好きな人と、お母様とお父様みたいな夫婦になりたいわ』

 と言うのがある。

 ヴィルヘルムからラシェルに『アベルはあまりオススメしない』と言われたら、ラシェルは絶対に関係を切ってくる。長くラシェルといるからこそ、想定内だ。

 不安だが、これは、はっきりと聞かなくてはならない最上案件である為、キリキリする胃を押さえながら、アベルはヴィルヘルムに目を向けた。


「………俺相手では…反対、ですか?」

「いや。私個人の見解としては、反対どころか大賛成だ。
 頭がよく、人の機微を読み過ぎて残念なほど捻くれ者のラシェルには、清廉潔白で実直なアベルが似合うと思う。
 エル様もアベルになら安心してラシェルを任せれるのに、と言っていたからな」

「っっっ本当ですか!?」

 アベルは尊敬する叔父が、そして〝あの〟影の権力者ティーナ様が、まさか賛成してくれているとは思わず声が跳ねる。

「あぁ、だから。次に昨日みたいな事をされたら、押し倒しても構わない。エル様もかなり怒っていたし、ラシェルにはいい薬だ」

「……見て、たの…ですか」

「偶然だ」

「申し訳ないです」

「謝る必要はない。アベルでなければ、すでにやられているだろうからな」

 見てくれはデカくなり、外での顔はそれ相応の対応ができる一国の王子だが、恋愛方面はアベルもまだ子供だった。

「ラシェルを落とすのは、難しい。だが一度手に入れば絶対に裏切らない強い味方になる。レイナルドも賢い方だが、ラシェルには及ばない。まっ頑張ってくれ」

「…はい」

 まだ悩み、意気消沈しているアベルに、ヴィルヘルムは朗報を伝えてやる。

「アベル。ラシェルはまだ生娘だ。彼氏といっても、会うのは全て外。私の部下が半径2メートルに待機してのデートだ。肉体的な触れ合いは一切してないから安心しろ。
 室内で二人、人には見せれないほどの性的な触れ合いはお前以外にはしていない」

 尊敬する叔父からの目から鱗の発言に、アベルは涙目になっていた。

「泣くな」

「………泣いて、ません」

「誰よりもお前が一歩、いや何歩もリードしている。愛している人が目の前にいて、踏み込めない辛さは私にも理解出来る。
 アベルはよく耐えていると思う。…悪いな、捻くれ者の娘で」

「……ぁ、りが、とう…ござい…ます」

 ヴィルヘルムは、アベルの肩をポンポンと叩き、エールを送った。
 

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