悪役令嬢だって恋をする
3、執務室の出来事

 
 執務室に着き、各々の仕事につく。

 アベルの仕事は基本的に足を使った外交と、自然災害に備えた堤防や橋、備蓄や避難所などの下見をし、現状報告と直すべき場所の提案。

 国民からの申告書を読み、緊急から未定までの10段階に分け管理し、緊急は滅多にないが主にはアベルと、アベルの部下達からの報告で優先順位が決まっていく。

「ヴィルヘルム様、アベル様、おはようございます」

 入室すれば、そこは緊張感のある場所。父であり王であるウェルナーの護衛騎士ザロモン・ハーケンの挨拶で身が締まる。

「おはよう」

「おはようございます」

 ザロモンに対してヴィルヘルムは幾分砕けているが、アベルはそうはいかない。柔和な表情を見せているが実はかなりサディスティックなのを知っている為、顔が強張る。


「アベル様? どうかしましたか、目が赤く顔色が悪いようですが…」

「ザロモン卿、心配には及ばない。俺は健康そのものだ」

「左様でございますか」


 健康そのものは嘘ではない。精神的には蝕まれていて寝不足ではあるが、それを超える朗報に今はマシになっている。
 絶対的な叔父ヴィルヘルムと。聞ければティーナ様も、ラシェルの夫としてアベルなら大賛成と思っているらしい。

 周りは固めた。

(後は、俺がラシェルに一人の男として認められるだけだな。絶対にラシェルの夫になってやる!ラシェルに並ぶよい王となるべく、今は勉強だ)


 とても真っ直ぐで、スレたところがないアベルは、ラシェルから見れば眩しくて、目を塞ぎたいほど眩し過ぎた。

 いつか人は変わるものと本能で知っているラシェルには、アベルはいつか自分から離れていくと思っている。早い話がいくらアベルが『好きだ』と言っても信用してない。

 ラシェルが信じれるのは両親のみ。

 前世から、例え想いが重ならなくとも、その想いは一欠片も変わらず。

 生まれ変わり、今もなお狂おしいほど互いを愛している両親だけは、全幅の信頼を寄せており。
『ラシェルを愛しているわ』と言う言葉を、言葉のまま素直に受け取れていた。

 本能で人の汚さを知っているラシェルには、アベルは大好きだが交わりたくないタイプの人間であった。

 腹に毒を持って人を操るタイプの人間こそ、ラシェルは安心出来た。毒を吐くヤツなら、毒でやり変えしても良心が痛まない。

 何も知らない天使アベルは…天使アベルのまま何も知らないで欲しい。アベルとの未来を確定したくない漠然とした理由はまさにそれ。
 しかし〝それ〟さえもラシェル自身まだ気づいてなかった。

 天才と言われるラシェルも、恋の複雑難解な思いには答えを出せなかった。



 ***


「ねぇ、ねぇ、お姉さま。このドレス好き!!」

「うん! 可愛いわよ!!シャンティアは世界一可愛いわ!!」

「一番はわたしじゃないわ。一番はお母さま、二番はお姉さま、わたしは三番目よ」


 ぷくっと可愛らしい両頬を両手で挟み、小さなお尻をフリフリしている。妹のシャンティアはラシェルの腰くらいまでしかない為、抱きつくには腰をかなり曲げないといけない。

 この部屋にはラシェルとシャンティア、そして母であるティーナと侍女達しかいない。作法がどうのと言われないから、絨毯に膝をつきシャンティアを力一杯抱きしめた。

「きゃっあ!」

 可愛いらしいシャンティアの声にラシェルはノックアウト。「お姉さま、やめてぇ」と言われるまで柔らかなシャンティアの後頭部に頭をグリグリ擦り付けた。

「ラシェル、そろそろやめなさい」

「はーい」

「語尾が長いわよ」

「はいっ!」

「元気が良くて私は好きだけど、ダメ」

「…はい」

 ラストは室内の侍女達皆が ほぅ〜 とする鈴の音のような声と聖母のような表情と、そして王族らしい麗しい礼を母に見せた。

「合格よ、ラシェル」

 どこまでも汚れのない澄み切った母の表情で、身体が真綿に包まれるようになる。


(やっぱり、お母様は素敵。絶対に素敵っ、誰よりもお母様が一番素敵!!)


「さ、お茶をしましょう。テーブルは合わせて広く使いましょうか」

 ティーナの声で一斉に侍女らが動く。もちろんティーナも手伝う。本来ならあり得ない光景だが、ティーナは『私は貴族でもなく、普通の一般市民ですから。一緒にさせてください』といつも率先して家具の配置やらを変えていく。

 最初は恐縮していた侍女達も、公式の場では王弟であるヴィルヘルムの妻という態度を見せ、上に立つ者の顔をみせるティーナに完敗。
 その貴族らしい仮面は、あくまで他国の賓客が集まる場所のみの態度で、普段はふわっと可愛い女性だった。

 私生活ではティーナの言う通りに、室内にいる〝みんな〟で用意するのが見慣れた光景となっていた。


「あら? シャンティアもお手伝い、偉いわね」

「これ、ぽろっと落ちたの。だから運ぶわ」


 椅子から落ちたクッションを一つ手に持って、落ちた椅子を追いかけていた。無事に椅子に置けて、ドヤ顔。室内に朗らかな笑いが巻き起こる。

 ティーナの教育方針は、人に感謝を忘れないだった。

 してもらって当然だと、この生活全てが当然だと思うなと、女親としてラシェルやシャンティアには懇々と言い聞かせた。

 他の子供達はというと。長男レイナルド、次男のフランツに三男のエメは、基本夫であるヴィルヘルムに任せていた。

 ティーナもヴィルヘルムも、子供達には好きにさせるつもりで、あれをしろこれをしろとは言わず、基本放置だったのだが、何故かレイナルドもフランツもエメも、皆が騎士になりたいと言い出した。

 ヴィルヘルムが子供達に『私が騎士だからといって、騎士になる必要はない。普通の学校にいき、研究者でも文学者でも選択は他にも沢山あるぞ』と言ったが、全員が全員『騎士になりたい』だった。

 自分達が普通の夫婦だと思っているティーナとヴィルヘルムには、子供達の親への絶対的な憧れがあまり理解出来なかった。

 とくにヴィルヘルムに至っては、そもそも騎士の精神なんて初めからない。ティーナに好かれる為だけにこの強さだ。

 だが子供達からすれば、父は自慢も自慢。

 見目麗しい美術彫刻のような形だけでなく、その騎士としての腕も一級品。
 闘技場での試合で負け知らずは、子供達から絶大な憧れと信頼を勝ち得ていた。

 さらに輪をかけ、ヴィルヘルムは神聖化されている三百年前から語り継がれている伝説の《白銀の騎士》の生まれ変わりであり、前世の記憶もあるときた。

 子供達が騎士になりたいと言うのは、自然の流れだった。


「さあ! みんなでお茶とお菓子を食べましょう!」

 この時ばかりは侍女もティーナも関係ない。皆でワイワイ美味しい紅茶とお菓子を食べて、恋愛トークに花を咲かせるのだ。

 そんな平和な内輪のお茶会に、切羽詰まった侍女が乱入してくる。


「ティーナ様、スチラ国からの使者が登城されてまして。紹介状なるものを持っておりました!!」

「私は何も聞いてないのだけど…」

「なんでも、アベル様の花嫁になるべく。花嫁修行はティーナ様の元でと。そう申しておりまして、早く会わせて欲しいとっ」

 侍女が泣きそうだ。若干無礼ではあるが、若いご令嬢に対し帰れとも言えない為、会うことになる。


「今は王宮のどちらにいらっしゃるの? 女性だけ?」

「庭園にいらっしゃいます。侍従と侍女もおります。後、何故か友人と言われるご令嬢も」

「そう。……ではその紹介状を持ってきたお嬢様と、きっとそのお友達もスチラ国の貴族のお嬢様ね。二人をこちらに呼んできて。お付きの侍女は一人に一人ね」

「「「かしこまりました」」」

 侍女らが一斉に動き始めてから、ティーナはラシェルに一番大事な用事を頼む。


「ラシェル。貴女はお父様を呼んできてくれないかしら。今日は執務室にいるわ」

「はい、お母様」

「呼ぶのはお父様だけ。何かあっては困るから、アベル様は連れてこないでね」

「はい、いってまいります」

 妹のシャンティアはすでに部屋から出されていた。きっと侍女からお昼寝をしましょうか、と言って連れて行かれたのだろう。

 ラシェルも母の頼みを遂行するべく執務室を目指す。


(…なんだか胸騒ぎがするわ。何がアベルお兄様の花嫁よ!
 突然きてさ、嫌なヤツ。どの顔して、この大国ボルタージュの王太子と結婚したいと言うのかしら!? )

 降って湧いたまさかの展開。ラシェルには試練という名の戦いは、今、きって落とされた。

 ラシェルがなりたくてもなれない。背が小さく、女を主張し過ぎない(ラシェルとは正反対)薄い身体。早い話が出るとこが出てなく、童顔タレ目、鈴のように紡ぐ小さな声。

 可愛らしいが全て詰まったこの女こそ、ラシェルの最大の敵だった。



 ***



 《これは未来》


 暗闇が支配する時間であるが、室内は昼のような明るさを保っている。

 今の状況が嬉しくて堪らないのか、小さな唇がニタァと弧をえがき、猫なで声の女の声が響きわたる。


『あぁ、良かったわ。アベル様は毒に身体が慣れているとお聞きしておりましたから、効かないかしら?と思ったのだけど。
 スチラ国特有の市場に出回らない強力な媚薬は、ちゃんと効くのね。嬉しいですわ』


『……ふざ、ける、なっ!!』


『まさか!! ふざけるだ、なんて。なかなか私に落ちないから仕方ないのです。最終手段です。
 今から既成事実を作りますわ。大丈夫です、責任をとって頂けたら幸いです』


『…はっ……はぁ……ぁぁっ…』

『ふふふっ、もう立っているのもやっとですわね』

 女はたまらないとばかりに舌舐めずりをしている。


『……ぅくっ……』


『とても、とても、いい喘ぎ声ですわ。それにしても、ラシェル様のあの顔、もう最っ高っでしたね、所詮はお子様。
 大人の時間に子供は必要ないですわ。抱き合う私達の邪魔はしないでくれて、良かったです』


『……だれ…がっ……おまえ…と……ぐっ…』

 自分が発した声だけで、軽くイッてしまう。こちらが耐えているのを嘲笑う憎たらしい女の声で、まだ冷静さを保てていた。

『あらっ、太くて長い私のタイプね!! このタイプは抜き差しが一番快感なので、私大好物ですわ。
 あぁぁぁんっ、今までのどの殿方よりも立派です! 流石ボルタージュの王太子様、魅力的なお身体をされてますわね!!
 さぁ、早く、布越しではなく生で見たいです。素敵な時間を過ごしましょう。ア・ベ・ル・さ・ま』


 一切肌を晒していないアベルと、真っ裸で迫る女。強力な媚薬はアベルを底無し沼に引きずり込んでいく。


 
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