悪役令嬢だって恋をする
5、狙いはアベル

 
 入室してきたアベル。もちろん皆の視線がアベルに注がれる。

(なんで来るのよ!! アベルお兄様の馬鹿!!!)


 ラシェルは入室してきたアベルを、ギィッと睨んだ。ラシェルの親の仇を思わせる怒りの表情に、当然アベルの足は一歩後ろに下がった。

 室内にはヴィルヘルム、ティーナ、サールベン伯爵令嬢ルビー、デール伯爵令嬢マルシェ、数人の侍女や侍従がいたが、アベルの瞳はラシェル一択。

 清々しいまでにラシェルしか眼中になかった。


「仕事は一段落したから、心配になって…」


 別に怒られるほど悪い事はしてないアベルだが、何故か必死に言い訳をする。

 怒っているラシェルと怯えるアベル。このままでは拉致があかない為、ヴィルヘルムはわざとアベルの視線の先にいるラシェルの前に身体を移動させた。

 この間、スチラ国の令嬢二人は当然アベルに見惚れていた。


「アベル、説明は後でいいか? 今、そちらの令嬢らが退室する。お前が扉の前に立っているままでは通れない」

「はい、すみません…」


 アベルが身体を移動させようと動いた瞬間、二人の侍女に腕を掴まれたデール伯爵末娘の、儚げ可憐風のマルシェが腕を振り切りアベルに向かって走り出す。

 両手を広げ、まるで離れ離れになった恋人同士の再会のようだ。


(ちょっと!!!)

 次にくる場面が嫌過ぎて、ラシェルは来るだろう未来を見ない為、視線をアベルから外した。
 マルシェを抱きとめるアベルなんて、吐き気がする程の嫌悪感だ。身体が冷えていき、顔から血の気がひいてくる。

(いや、見たくない!!)

 視界を強制的に遮断したラシェルだったが、耳が拾った音は思っていたのと違い「キャッ!!」という可愛らしい声と、地面に人が倒れたドシンッという音だ。

(あれ?)

 思っていたのと違う音を疑問に思い、遮断していた視界を再度復活させれば、目の前には精悍な顔を心配に歪めた麗しいアベルのドアップが入り込んできた。


「ぅあっ!」

「ラシェル! 大丈夫か!? 立ちくらみか!?」

「は?」

 大きな手が頬に添えられ、顔色を伺ってくる。肩を抱くようにアベルに抱きしめられる。
 マルシェとする筈であった行為を、何故今、自分とアベルがしているのか? 全く理解出来ない。


「ヴィル叔父上。ラシェルの顔色がよくないので、連れて行きます。説明は後でいいです」

「…あぁ」


 ヴィルヘルムの返答は微妙だが、アベルにとって一番はラシェルな為、血の気の失せたラシェルの状態が心配でヴィルヘルムの返答はあまり気にならなかった。

 むしろ先ほどラシェルを抱き上げて歩いていったヴィルヘルムに、若干の敵意もあった。
 いくら尊敬し好きな叔父であっても、ラシェルが絡めば好きな気持ちも歪んでいく。
 

「ラシェル、立っているのがキツイんじゃないか? 顔色が悪い。少し横になったらいい」

 そう話しながら抱きしめていた状態から、左腕を肩に添わせ、腰を少し落とし右腕をラシェルの尻に添え、危なげなくラシェルを抱き上げたのだ。

「…アベルお兄様」

「部屋まで送っていく。力は抜いていいからな。落としはしない」


 久しぶりの抱っこに加えて、破壊力満載の甘ったるい反則的な表情と声に、ラシェルの腰は抜ける。

 自ら身体中の力を抜いた訳ではないラシェルだが、アベルからすれば安心し身を委ねてくれた、と解釈出来きラブモード突入しながら退出しようと歩き出す。


「もうー、そんな心配はしてないわ」

「そうか? ラシェルが思う以上に俺は腕力があるぞ」

「言わなくても、触ったことあるから分かるわ」

「ならいい」


 糖度が高い会話を繰り広げる二人に、ボルタージュ国の侍従侍女らは、見慣れた光景。

 いきなりイチャつき多少驚きはしたが「はい、はい、ご馳走さまです」と言いたげに微笑ましくラシェルとアベルのイチャイチャを見ていた。

 皆はあたたかく見守り体制であったが、マルシェだけは違った。


 アベルに抱きつこうとして、さらっと避けられ、更に倒れたにもかかわらず、助け起す気もないのだ。


「アベル様、わたくし…」

 ラブモードストッパーはマルシェだった。

 多少顔色が悪いだけのラシェルを、重病人かと疑ってしまう程に優しく接しているアベルに、マルシェは自分の置かれている状況を理解せずに、怒りがわく。

 マルシェは儚げを地でいっているので、男からは守られて当然だと思っている。
 側に恋人がいようと、妻がいようと、マルシェが倒れたら抱きおこすし、過剰な心配をしてくれるのが通常だ。


 であるから、アベルの態度は理解に苦しむ。

 庇護対象のマルシェが、背が高くバーンと張り出た身体のラインを惜しげもなくさらし、威圧的で健康そのもののラシェルと、どちらを心配するかは一目瞭然だろう。

 アベルは気づいてないのだと結論づけ。マルシェは涙をホロリとこぼし、アベルへ手を伸ばした。


「アベル様、わたくし足を捻ってしまったみたいです。このままでは立てません。手伝って頂けますか?」



 手を伸ばすマルシェを見て、唖然とする。

(マルシェさんって馬鹿なのかしら? 一周回って、スチラ国では、貴女みたいなタイプが人気なのかもしれないのだけど。
 ボルタージュ国の王族は基本、可愛い系より綺麗系美女が好まれるから、お父様もアベルお兄様もマルシェさんみたいな儚げ系は嫌いだと思うわ…)


 倒れたまま気にされる事もなく放置なんて、言語道断。マルシェにはアベルの行動の何一つも我慢ならなかった。

 アベルに抱きつこうとしたマルシェだけが鼻息荒く、サールベン伯爵令嬢のルビーと彼女らの侍女は、マルシェの言動に硬直していた。

 それもそのはず、自国(スチラ国)よりはるかに上回る国土と歴史、武力を合わせもった大帝国のボルタージュ。その王弟ヴィルヘルムと、王太子であるアベル、への押しの強さは驚愕ものだ。

 前世は王女であるが現在一般人代表のティーナは、本気でマルシェの言動に驚いていた。

 ラストのマルシェの会話に至っては、聞くに耐えなかったのか。


「エル様、これ以上は耳が腐りますから退出しましょう」

 ヴィルヘルムはそう言いながら腰掛けるティーナを抱き上げて、マルシェと、そしてマルシェに突っかかれているアベルとラシェルを丸無視して、重厚な扉を自ら開けて出て行くところだった。



 マルシェは倒れたまま手を伸ばし懇願しているが、もちろんアベルは無視だ。

 もう用は無いと退出したヴィルヘルムを追って、アベルもラシェルを抱き上げたまま扉に向かった。


「アベル様…」

 はらはらと涙で頬を濡らすマルシェは〝普通〟の男からすれば文句なく儚げで抱きしめたくなるだろうが、相手がアベルでは無駄なのだ。


「おい、勝手に名を呼ぶな。俺はお前に名乗ってない」

「わたくしはスチラ国の、、、」

「お前の名前に興味はない。名乗る必要無い。地べたが好きならずっと座っていろ」


 アベルの重低音の声色が響く。

 そうだ。忘れていたが、アベルは穏やかな今の国王とは違い、どちらかと言えばヴィルヘルム寄りの冷酷さが通常運転の男だ。

 極一部の悪者には厄介だが、アベルの筋が通り清廉潔白な性格は、平和を愛する一般市民には大人気。
 不正や横領を暴き、悪には血も涙もない鉄槌をくだす統治者として、まともな貴族、部下や民にはそれはそれは尊敬されていた。

 上っ面発言やノリでの行動、権力をかざし女遊びをする輩をウジ虫のように嫌い。

 ハニートラップをことごとく打ち破り、恋愛対象は《男》なのかと囁かれるほど。
 色々な憶測が飛び交い隣国から《男》を送り込まれた時は、流石のボルタージュも撃沈した。

 これに関して国王であるウェルナーは、強く否定したが、その否定を受けた娘の親らは諦めなかった。


『では何故、我が美貌の娘を、すげなく追い返すのですか!?』
 と詰め寄られる始末。

『アベルには心に決めた相手がいる。残念だが王妃の座は諦めろ』
 と何度言葉にしたか…。


 忘れているようだが、アベルは幼い頃から絶世の美女美男に囲まれて生活している。あの前世白銀の騎士ヴィルヘルムを叔父に持ち、一番の友人は美貌の一族メルタージュ侯爵家の長男クレール。そして見目麗しい姉達と従兄弟達。

 圧巻の美しさを皆が持ち、目が覚めるような美貌は己もプラスし日常的である為、美しさを競われてもアベルには何の興味もない。

 であるから美しさを武器に擦り寄ってくる女には言動が少々悪く、普段のアベルからは想像出来ないほどに冷たかった。

 文武両道眉目秀麗のアベルに恋をするのは至極当然と思っているラシェルは、『好き』を出した女性相手に殊更冷たい態度をとるアベルに恐れおののいていた。

(止めなきゃ!!)と思ったが遅かった。


「今まで男を手玉に取っては遊び、飽きたら捨て、新たにターゲットを決めて遊ぶ。お前が好きそうな男も探せばボルタージュにもいるかもな」

「アベルお兄様!! 女性に対して失礼です!」

 ラシェルに目を向けたアベルは穏やかに微笑んでいる。

「ラシェル。俺は、あぁいうタイプの女が死ぬほど嫌いなのを知っているだろう?
  一応女だから殴ってない。もしこいつが男なら…肋骨の二、三本に、利き手を折り、前の顔の造作が分からないくらい殴る。何もしない俺は十分すぎるほど我慢をしていると思わないか?」

(…思わないわよ)

 心で否定するが、アベルの目が笑っていない為、ラシェルは口を紡ぐ。

 基本的にラシェルだと何をしてもアベルは怒らない。それこそ昨夜みたいに局部を尻で擦ったり、性的な刺激を与えてトンズラしても怒らない。

 あくまで相手がラシェルの時だけだ。

 もうそれはお見事!! というほどアベルの性格はヴィルヘルムにそっくりで。
 国王であるウェルナーが何度も「何故、こうなった…ヴィルの所為か…」と深い溜め息を吐いていたのをラシェルは知っていた。

 もう視界にも入れる気がないのか、アベルはラシェルを抱いたまま部屋を出る。


 取り残されたマルシェとルビー。ボルタージュの侍従侍女らは「さあ! 帰ってください」と笑顔の下に怒りを隠し、二人を見ている。

 針のむしろ気分を味わいながら、ルビーはマルシェに近づく。


「マルシェ、どうしたの? 王弟様、王太子様への言葉じゃない。そのまま斬って捨てられても文句を言えないわ」

 ルビーはいまだに座りこんでいるマルシェを助け起こそうと、手を出した。
 その手を握り立ち上がったマルシェは、もう泣き止んでおりいつもの可愛らしい微笑みを浮かべていた。

 寂しそうに演技しながらルビーに抱きつき、マルシェはルビーの耳元で今からの野望を囁く。


「きっとアベル様は何か悪いものに取り憑かれているのよ。
 だって、男性はわたくしを抱きしめたいはずなの。きっとあの悪役顔の女が呪っているのだと思うわ」

「えっ!?」

 驚き過ぎて身体が硬直する。

 うふふふと笑いながら、くるくるその場を回るマルシェをはじめて恐いと思った。
 そしてまたマルシェはルビーに近づき、内緒とばかりに再度耳元で話す。


「ヴィルヘルム様は残念だけど。本命はアベル様よね!
 アベル様の方が若いし独身だし、あまり女性を知らないと聞くから、あぁ…わたくしにハマったら…考えただけで身体が強張るわ。ちゃんとお相手出来るかしら?
 ほんと、スチラ国ではお目にかかれないほどの肉体美よね… はやく見たいわ。厚い鋼のような筋肉で、アソコも絶対に大きくて立派よ!
 わたくしは身体が小さいから、抱かれた瞬間は失神しちゃうかも…でもそれも、素敵よね!」

(なんの話!? まさか、まさか、ルビーは!?)

「ダメよ!!!」

「何がダメ?」

 キュるんと可愛らしい微笑みを浮かべるマルシェこそが、悪役そのもの。マルシェに言われボルタージュに来たのは、間違いだったと気づいた。

 ルビー如きがボルタージュの王族に進言はできないが、国際問題にならないよう、ルビーはひたすら祈るしか出来なかった。



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