悪役令嬢だって恋をする
9、取り返しのつかない間違い、取り返しのきく間違い
 

 侍女頭のリズーに肩を抱きしめられながら歩くラシェル。

「お泣きにならないで下さいませ。このような事は許されません!!」

 善意からの行動であるし、ラシェルを心配しての発言だが、必死に慰めてくるリズーに、小さな怒りを覚えていく。


「なっ、違うから! これはたまたま破れたの! アベルお兄様はっ、関係ないし、悪くないわ!!」

「…ラシェル様…」


 泣きながらなのでは格好がつかない。そして必死に庇うラシェルを、リズーは痛ましい目で見てくる。

 思い通りにならない辛さが、涙となって衣服に染みを作っていく。


(早く誤解を解かないといけない。アベルお兄様は、お父様がお母様に向ける気持ちくらい私を好きなんだから!! 
 裏切られない、裏切られて捨てられない!! ずっと死ぬまで一緒にいれるのに!!)


 叔父であるウェルナーだが、あの姿はいつもの〝おじ様〟ではなく〝ボルタージュ国王〟だった。

 その姿をラシェルはあまり目にしない。王の姿は式典や公式の場くらいで、いつもは苦笑する姿が多い優しい〝おじ様〟なのだ。

 執務室に入って政治的な事に口を出しても、怒るより静かに話しを聞いてくれるし、ラシェル如き若い娘の意見を実現させてくれた過去もある。

(どうしよう、早く、早く誤解を解かなきゃ! 他の女なんて、いや!! アベルお兄様は真面目だから、責務としてなら私じゃない女でも愛したフリくらいするもの。
 お父様に話しをして、アベルお兄様の誤解を解いて貰わないと!!)


 ラシェルの自室に押し込まれるように入室させられ、ラシェル付きの侍女達が目を丸くしている。

 何やらテキパキと命令を下し、動く侍女達。その光景を見ながら、決意する。

(おしっ、逃げるのはやめ! アベルお兄様は絶対に私の!! 使えるものは使ってやるんだから!!)

 ぐいっと手の甲で涙を拭いた瞬間、肩にかけられた叔父ウェルナーの上着が落ちた。

 ぷるんっと出た胸部に目を向ければ、なるほど凄い惨状だった。


「き、キヤァァァァー、姫様っ!!!」

「なんて、なんて事に!!」

「ラシェル様ぁぁー! 気を確かに!!」

 うるさく喚く侍女達に、ゲンナリ。誤解を正そうにも、確かにこの姿は頂けない。侍女頭リズーを筆頭に、一刻も早く入浴をしろと進めてくる。

 ラシェルとしては、出来るだけ早く父であるヴィルヘルムに会いたい。


「お父様は? お母様を連れて行ったきりなのだけど。まさか寝室とか? 真面目に執務室かしら?」

「大丈夫です。報告は王からして頂けます。それはお任せしていて構いません」

(いや、全くもって構うわよ)

「お心を守るにはと、ティーナ様をお呼びしております。もうしばらくお待ちくださいませ」

 ラシェルがアベルに襲われたのが、皆の中で決定事項になっていた。


 ***


 場所は変わり、寝室…ではなく、ヴィルヘルムとティーナは王立図書館にいた。

 よく分からない令嬢(デール伯爵末娘のマルシェ)の勘違い野望を聞いた部屋から、甘ったるい雰囲気を醸し出しながら離れた二人だったが、昼間からイチャイチャする気はなく。

 イチャイチャすると長過ぎる二人。

 昼間からおっ始めたりはしないように、二人の中では暗黙の了解となっていた。

 ゆったりと紅茶を飲んでいたヴィルヘルムとティーナ。

 そろそろ仕事に戻るとヴィルヘルムは言い席を立つ。

 座るティーナに覆い被さるよう腰を曲げ、名残惜しそうに、何度も角度を変えて口づけを堪能していたところで、乱入者にいい雰囲気をぶち壊される。

 図書館に駆け込むように入室してきたのはティーナの侍女。


「申しっ、訳、ございませんっ!!! し、失礼致し、ます!!! も、申し訳、ござ、ございませんっ!!!」

 謝っているが、あまり謝罪には聞こえない。声が震えているのと、走ってきたから息がきれているのとで、侍女は言葉をつむげないでいた。


「どうしたのかしら?」

 質問したのはティーナだ。ティーナの唇を味わっていたところを邪魔されたヴィルヘルムは、若干機嫌が悪い。

 前世では全く崩れなかったポーカーフェイスが、現在は崩れまくっていた。こんな人だったんだ…とティーナが感心するくらいティーナしか目に入っていない。

 そうヴィルヘルムは前世では、ティーナに対して全ての感情を押し殺していたからだ。ティーナが知らなくて当然。

(もう、アレンったら。またそんな顔して…笑)


 ヴィルヘルム(アレン)がティーナ(エルティーナ)の護衛騎士だった前世は、エルティーナが誰と踊っても、誰と結婚を決めても、ずっと穏やかに微笑んでいた。

 アレンにとって、エルティーナはただの主人。女としての魅力は何一つ感じなく、且つ興味がない風だった。

(見事にね…)

 ちょっとだけ、最後だからと背伸びをしてみせても、少しもエルティーナの想いは伝わらず。病を抱え生きていたアレンより早く、暗殺という形でエルティーナは生を終えた。

 アレンはボルタージュ最強で最高の騎士だった。エルティーナには最後まで、嫉妬や怒り、そんな感情をみせない、ただ安心に身を任せれる最高の護衛騎士だった。

(全面に好きって出されるのは、素敵だわ…。私は贅沢になった…ふふふっ)


 そのアレン心内は、頑丈な鍵がかけられ。
 エルティーナにも当時の大好きな兄レオンにも、エルティーナの両親(国王夫妻)にも、誰一人としてアレンの本心を暴けなかった。

 エルティーナの死で、アレンの想いは周りに知れ渡るのだが。
 何も知らず死んだエルティーナ。そうティーナは生まれ変わり、現代で初めてヴィルヘルムの自分に向けられた深い想いを知る。

 それはどの菓子よりも甘く、何度見ても何度知っても未だに胸が熱くなり泣けてくる。


(好き、好き、大好き。最近のアレンは、感情が出て可愛いわ、もう幸せ過ぎて、どうしようかしら)

 不機嫌にならないで。そんな思いを込めて、ティーナは頬を薔薇色に染め涙目で、ヴィルヘルムの腕をツンツンと突いた。


「エル様、その顔でその仕草はちょっと…無理です。また部屋に籠る羽目になりますよ?」

 声色がエロい。もうこれに尽きる。

 座るティーナを覗き込むように腰を曲げたなら、サラサラと光沢を放つヴィルヘルムの濃い金色の髪がティーナの視界を外界から遮断していく。

 昼間からおっ始める気満々だ。無論ティーナに嫌はない。

 あくまで周りに迷惑がかかるから自粛するのであって、男女の営みは朝でも昼でも、どこでもティーナにとっては嬉しいだけ。
 例え五人もの子供がいようが、ティーナとヴィルヘルムは飽きずにいつまでも新婚ホヤホヤ夫婦だった。

 この魅力的な人を独り占めできる権利を持つのが自分だけ、それはティーナをさらに大胆にさせた。


「あら? 籠もっちゃう?」


 思ったのと違う返しだったのか、ヴィルヘルムはスッと本気の顔になり、ティーナの頬を手で覆う。

「エル様、私は冗談を言わないタイプですよ?」

「ぷぷっ、アレンたらっ」

 ティーナがヴィルヘルムの腕をツンツンしているのに、脱力した侍女がその場に崩れ落ちた。


「ティーナ様ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

(忘れてたわー)

「ごめんなさい、何かしら? 息はととのった?」

「こんな、こんな、大変なっ時に、いつもと一緒っ!!! 眼福だけど違うのですよぉぉぉー!!!」

 侍女はティーナと主にヴィルヘルムに見惚れてた手前、忘れていた己に対し悔しかったのか、床に張り付きながら喚いている。

「ごめんなさい、キキス。それで? 何かあったの?」

 いつの間にかキキスの側に来て、肩をポンポンと叩いてくれる。前世王女で、現世生まれは一般人でも今はヴィルヘルムの妻であり王族の一員。
 偉ぶった姿は皆無で、床に膝をつくのも躊躇わない。どこまでも真っ直ぐで真っ新な人。

 キキス以外の侍女らもティーナは、女神!と称えていた。ヴィルヘルムはティーナの優しさに毒気を抜かれ、ポーとしている侍女キキスに一言。

「で、内容はなんだ?」

「はいっ、申し訳ございません!!」

 やっと侍女キキスの話を聞いてくれそうな感じだが、ヴィルヘルムは基本遠くで眺めるだけが良いタイプ。
 間近で不機嫌に声をかけられたら、心臓部がキュッと縮む。

「アレンっ、顔、声」

 ティーナに注意され、プイッと明後日の方を向く。ティーナ至上主義のヴィルヘルムは基本他人に対し冷たかった。
 ティーナの言葉で復活したキキスは、口の唾液をグッと飲み切り、口を開く。


「ティーナ様、お心を、鎮め聞いてくださいませ。実は、ラシェル様がアベル様に襲われ、王が止めに入られ事なきを得ました。ラシェル様は今は自室に…」

 何事かと思えば。

「? えっと、逆?」ティーナは思わず口に出す。

 頭を抱えながら、ヴィルヘルムは溜め息。

「ラシェルがアベルを襲ったのか。いつかはやりそうだと思ったが、兄ウェルナーに見られたのは痛いな」

 ティーナもヴィルヘルムも、呆れ顔で。侍女キキスは叫ぶ。

「お二方とも違います!!!ラシェル様が、アベル様に、襲われたのですっ。
 一大事ですっっっ、ティーナ様、早くラシェル様の元に行ってくださいませ」


「「………」」

 二人して顔は、疑問たっぷりだ。ティーナと離れがたいようだが、ヴィルヘルムは話がこれ以上拗れないよう決断する。



「エル様。私は、兄の元へ行きます。執務室には戻る予定だったので。エル様はラシェルの自室に行ってくださいますか?」

「……もちろん、そう…するわ」


 不安そうなティーナを、安心させるようヴィルヘルムは抱きしめた。

「上手くやりますよ。ラシェルの捻くれまくった性格を理解し愛してやれるのは、私とエル様、レイナルド達兄弟を除けばアベルだけですから」

 肯定だと伝える為、ティーナはヴィルヘルムにさらにギュッと抱きつく。

(アレンに任すのがいい! 絶対に! でも…)

 嫌な予感がするな、とティーナは思う。先程の令嬢達からのこの事件。

(ラシェルには幸せになって欲しいわ…私達の子供だけど、私の子供だけど、それだけじゃないもの。
 ラシェルは前世で、私のたった一人の親友だったから…)


 前世に引きずられているのは、ティーナとヴィルヘルムだけではなかった。

 前世の記憶はなくともラシェルもまた前世からのひん曲がった性格を、しっかり受け継いだタイプだった。


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