私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
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 会社から家電量販店までの道のりは、歩いて15分くらいかかる。須藤課長の言いつけどおりに、経営戦略部のことをいろいろ教えるべく、山田さんが優しく話かけてくれた。

「雛川さんは経営戦略部について、なにも知らないんだね」

 須藤課長とは違い、穏やかそうな人柄のおかげで、山田さんには気を遣わずに返事ができそうで安心する。

「営業部に在籍していたときは、接点が全然なかったですし、噂も聞いていなかったので」

「聞いていなかったじゃなく、聞く能力がなかったから、知らなかったんだろうな」

「聞く能力?」

 耳慣れない言葉に首を傾げると、山田さんは気難しそうに眉根を寄せて、丁寧に説明してくれる。

「経営戦略部って、実はゴミ箱なんだ。あちこちの部署で必要のない人間を閉じ込めるための都合のいい部署で、主な仕事はほかの部署の補佐的なことをしてる。会議に使うコピーをとったり、書類作成とか雑用が仕事なんだ」

「え? ゴミ箱?」

「それでも年に数回、俺たちが考えた経営戦略を披露する場は設けられているけれど、提出したもののいいとこどりを営業部が横取りするもんだから、須藤課長が目の敵にしているというわけ」

 歩いていた足が、ぴたりと止まる。そのことに気づいた山田さんも同じように足を止めて、私を見下ろした。

「俺は入社当時、経理部に在籍してた。凡ミス続きで気をつけていたときに、大きなヘマをやらかしちゃってさ。辞表を提出して責任とろうと思ったのに、須藤課長に引き止められたんだ。会社を見返してやろうって」

「私、営業部ではヘマなんてなにもしてません。与えられた仕事だって、期日内にこなせていたし、営業成績も悪くなかったのに……」

 突きつけられた現実をどうしても受け入れたくなくて、いいわけばかりが口から出てしまう。

「営業成績が可もなく不可もなくだから、ウチに回されたんだよ。どこでもやっていけるだろうという上の判断さ」

 山田さんは素っ気なく言うなり、ふたたび歩き出す。私は黙って、あとをついて行くしかなかった。

「俺らと違うのは、須藤課長だけなんだ。あの人は営業部のエースと呼ばれるくらいに、仕事がすごくできた人だった」

「そんな人が、どうして経営戦略部に?」

「悪く言えば須藤課長の性格。自分の主張を絶対に曲げないんだよ。さっきのやり取り見てるだけでわかるだろ? どんなに仕事ができても、チームワークを乱す人間は、営業部に必要ないってことだろうな」

 夢のある異動から一転した、ゴミ箱という名の経営戦略部でこれから仕事をすることに、目の前が真っ暗になる。

 しかも上司は、パワハラ炸裂の須藤課長。毎日煩くどやされることが、頭の中で想像ついてしまったのだった。
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