私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
***

「そんなに眺めていると、写真の中の俺の顔が溶けるぞ」

「だってベストな一枚を、選び損ねたくないんです。どれも充明くんの素敵な瞬間ですから」

「残していいのは一枚だけだ。36枚も撮るから、そんなに悩むことになる。無駄撮りだろ」

 最後のお約束の観覧車に、仲良く乗り込んだ私たち。まだ低い位置にいるせいか、須藤課長は口煩さをそのままに、平気そうな顔で外を眺める。

「愛衣さん」

「はい?」

 不意に呼ばれたので、仕方なくスマホの画面から目の前に視線を移した。私を呼んだくせに須藤課長の瞳は、相変わらず外に釘付け状態。地上からゆっくり離れていく自分を、まざまざと感じとっているみたいに見えた。

「今日は楽しかったか?」

「想像以上に楽しかったです。こんなに笑ったのは、久しぶりってくらいに」

「あのさ! 隣に座ってもいいか?」

 私が返事をする前に、さっさと移動したところを見ると、高所恐怖症が発症しているのかもしれないな。

「充明くん、いきなり隣に座らないでくださいよ」

「返事が遅いのが悪い」

「そんなこと言うなら、移動しようっと」

 腰をあげかけた刹那、私の腕に縋りつく。動きを止めた須藤課長の両手が、小刻みに震えていた。

「お願いだ、行かないでくれ……」

「わかりました。しょうがないですね」

 言いながら須藤課長の縋りつく手を外し、両手で握りしめてあげた。ものすごく冷たくなっている手が、逆に心配になる。少しでもあったかくなるように、何度も擦ってみたけれど、氷を撫でている感覚だった。

「充明くんのこのやせ我慢、いつか報われるときがくるんでしょうかねぇ」

「わからん……」

 観覧車はまだ半分くらいしか昇っていないというのに、須藤課長の視線は擦っている手を見つめていた。

「充明くん、好きな人には高所恐怖症だから、観覧車は乗れないことを最初に伝えたほうがいいですよ。格好悪いところ、そのコに見せたくないでしょう?」

「でも、記念に……なるんだろう?」

「なるとは言いましたけど、別なことでもいいと思います。だって、ふたりの記念なんですから」

「たとえばどんなのがい、いんだ?」

 好きなコとの記念にこだわる、須藤課長の頑固さには呆れてしまったけれど、それでもなんとかしようとするところは、素直にいいなと思えた。

「どんなの……。う~ん、今日のいい思い出といったら、ゴーカートでの共同作業みたいな?」

「あんなのが、いい思い出になるのか?」

「だって一緒になにかをするってこと、普段ないじゃないですか。危なげな私の運転を助けてくれた充明くん、本当にカッコよかったですし。きっとポイント高いと思います」

 褒めた途端に、須藤課長の表情が和らいだものに変化した。いつも、こんな顔をしていたらいいのにと考えていたら、隣で大きな体を縮こませながら、ぽつりと呟く。

「それなのにこの情けない姿は、あがったポイントがマイナスになるだろうな」

「ふふふ、ほかの人には見せられませんね」

 私が笑ったら、つられるように笑った須藤課長の頭があがる。ふと外を見たかと思ったら顔を強張らせて、いきなり私に抱きついた。
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