私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
抱きついた体はものすごく震えていて、私の耳のあたりに須藤課長の心臓があり、鼓動が早いリズムを刻んでいた。
「めっ、愛衣さんっ!」
「落ち着いてください。もうすぐ頂上ですけど、ほんの数秒で終わりますよ」
赤ちゃんをあやす感じで、大きな背中をぽんぽんしてみたけれど、心音はさらに早くなる。傍で聞いてる私まで、鼓動が早くなっているかもしれない。
「愛衣さん、俺はっ……、俺は君がっ、すっ!」
「充明くん大丈夫。目をつぶって呼吸を整えなきゃ、喋れることも喋れなくなります」
触れている部分から伝わってくる須藤課長の体温だって、おかしいと思えるくらいに熱い。
「いっ……呼吸、整え、る?」
全力疾走したあとのような呼吸をなんとかしなきゃと、背中を叩くリズムに合わせて、正常な呼吸を促してみる。
「大きく息を吸って吐いて、吸って吐いて。そうそう、吸って吐いて、吸って吐いてその調子です。観覧車が下に向かいはじめました」
「え? もう?」
「はい。よかったですね」
「よくない! 全然よくない!」
須藤課長はうな垂れながら私を手放したかと思ったら、向かい側の席に座り、頭を両腕で抱える。
「俺はいつもそうだ。肝心なときに、ダメな自分が出てくる。どうして、うまくいかないんだ……」
打ちひしがられる須藤課長の姿が哀れすぎて、声をかけずにはいられない。
「そんなの、誰だってそうです。最初からうまくこなせる人なんて、ほとんどいませんよ」
「そうなのか?」
「はじめてのことは私も緊張しますし、思ってるよりもうまくいきません。だから次はうまくできるように、精一杯努力するんです」
「……精一杯努力」
呟きながらうずくまっていた体勢を戻して、普通に座る。少しは、冷静さを取り戻したようだった。
「でも充明くんは観覧車、無理して乗らないほうがいいと思いますよ。心臓が止まっちゃうんじゃないかってくらいに、バクバクしてました。具合、悪くなっていませんか?」
「平気だ。心配かけたな」
「ちなみに、なにを言いかけていたんですか? 俺は君がって言ってましたよね」
私としては、気になってることを指摘したのに、須藤課長の眉間に深いシワが刻まれた。あからさまな不機嫌の理由がわからなくて、たじろいでしまった。
「俺はただ、お礼を言おうとしただけだ。楽しかったって……」
「どうして機嫌が悪くなってるんですか? 私、変なこと聞いてないのに」
「嫌いになっただろ?」
機嫌が悪いと指摘したからか、両手で顔を覆って見えなくする。
「嫌いという感情よりも、面倒くさい人って感じです」
「面倒くさいか。俺自身も自分のこと、そう思う……」
「そろそろ観覧車を降りますよ。充明くん、手を貸してください」
そう言って立ち上がり、須藤課長の顔の前に右手を差し出した。
「好きなコとデートするときは、ちゃんとエスコートしなきゃダメなんですからね。ほら!」
すると無言で立ち竦んだ須藤課長が、私の手をぎゅっと握りしめた。いつもなら優しく触れるのに、痛みを感じるくらいに握りしめられることを不思議に思い、顔をあげて彼の様子を窺ってみる。
「須藤課長?」
名前呼びじゃなく、いつものように呼んでしまった理由は、熱を帯びた瞳で私のことをじっと見つめるせい。見たことのない柔らかな表情にあてられて、胸がドキッとしたくらいに衝撃的だった。
「俺は愛衣さんがいないと、なにもできない男かもしれない。できれば、ずっと傍にいてほしいくらいだ」
「それって――」
痛いくらいに握りしめられていた手の力が緩められて、恋人つなぎになる。
「足元、気をつけろよ。行くぞ」
係員が開いた扉から勢いよく降りた須藤課長に引っ張られて、難なく降りることができたのだけど。
(どうして『ずっと傍にいてほしいくらいだ』って言葉が、耳から離れないんだろう?)
恋人つなぎのまま並んで歩いた私たちは、ひとことも話すことなく駐車場に向かったのだった。