私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
***

 須藤課長のデスクにコーヒーを置いた瞬間、そっと手の甲に触れられた。須藤課長のあたたかな指先が、私の皮膚に少しだけ触れてから、音もなく引っ込められる。

「雛川さん、昨日は叩いてしまってすみませんでした」

「あんなの全然大丈夫です。それよりも階段から落ちた、須藤課長のお身体のほうが心配なんですけど。本当に今日は出勤して、大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。咄嗟にでしたが受け身を取りましたので、ご心配なく」

(私と入れ違いに階段に落ちかけながら、片桐先輩を壁際に押しつつ、受け身をとれる須藤課長の身体能力がスゴすぎる)

「雛川さん、あの……」

「はい?」

「お昼、一緒に食べませんか? 叩いてしまったお詫びがしたいです」

「そんなの気にしないでください。それに私、お弁当持ってきてるので」

(お詫びなんてとんでもない、私がしなきゃダメなくらいだよ。片桐先輩から助けてくれたお礼をしなければならないでしょ!)

 須藤課長にどうやってお礼をしようかと、必死に考えていたら。

「そのお弁当を俺が食べます。社食の中でも外のどこかでもいいので、驕らせてください!」

 わざわざわざ立ち上がって頭を下げることをする須藤課長に、断るなんてできるハズもなく――。

 経営戦略部の面々が意味深な顔で見つめる中、了承するしかなかったのである。



 私の作った質素なお弁当を美味しそうに食べる須藤課長と、社食の日替わりランチを食べる私の姿を、少し離れた場所から眺める経営戦略部のメンツから飛ばされる視線が怖いことこの上ない。というか、彼等が一致団結している様子がすごいと思われる。

(お互いを助け合うのに普段から仲の良かった人たちが、見えないなにかに向けて一致団結しているように、見えなくもないかな)

「雛川さんは、山田くんと付き合うんですか?」

 社食の日替わりランチを食べつつ、ぼんやり考えごとをしていたら、須藤課長は私を見ずに、弁当箱の中身を見ながら訊ねた。

「いきなり付き合おうと言われても、困ってしまって……」

「山田くんは俺と違ってとても優しいですし、人の機微に聡い方なので、困ってることがあったら、真っ先に雛川さんのことを助けてくれるでしょうね」

「須藤課長だって、私を助けてくれたじゃないですか」

「雛川さんが階段から落ちて、俺のように顔にキズなんてできてしまったら、今後の婚活に影響が出てしまいます」

「私の代わりに階段から落ちてキズものになった須藤課長の婚活だって、影響が出るじゃないですか」

「こんな俺なんて、誰にも好かれないので別に構いません」

(記憶がなくなる前の須藤課長もそうだけど、どうしてこんなに自分を蔑むんだろう。マイナス思考の性格はめんどうくさいけど、見た目はそんなに悪くないのに――)

「私が責任をとるって言ったら、どうしますか?」

 そのセリフを聞いた須藤課長は、一瞬だけ体をビクつかせてから、恐るおそる私を見る。
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