暗闇の中で
Facebookの通知音が、この静まり返った部屋で唯一の「時間」を告げる音だった。春香を失った後の僕は、空いた穴を埋めるように、見えない誰かとの繋がりを求めた。そうして出会ったのが、小林美香だった。
彼女もまた、この合理的なシステムから零れ落ちそうになっていた一人だった。福祉作業所で毎日を過ごし、そこで味わう理不尽や、誰にも理解されない孤独に押しつぶされそうになっていた。
「また電話していい……? 今、どうしても話を聞いてほしいの」
彼女の声は、iPhoneのスピーカー越しに震えていた。僕は日曜日の午後の予定をすべてキャンセルし、彼女の居場所を確保した。けれど、それは僕が望んだ「繋がり」とは、どこか決定的にズレていた。
電話がつながると、彼女は決まって泣き出した。作業所の人間関係、うまくいかない仕事、明日への漠然とした恐怖。彼女の言葉は、まるで決壊したダムのように僕の耳へ流れ込んでくる。僕は何度も「大丈夫だよ」と言おうとした。僕が感じているこの世界の息苦しさ、iPhoneという牢獄の不気味さ、そして僕自身の喪失感について、彼女と共有できるはずだと思っていた。
でも、彼女は僕の話を一切聞かなかった。
僕が何かを言いかけても、彼女は泣き声を強めてそれを遮り、自分の苦しみだけを増幅させた。僕の言葉は、彼女の悲しみの濁流の中では、あまりに無力な泡に過ぎなかった。
「……そうか、つらかったね」
僕はただ、そう繰り返すだけの装置になった。僕の抱える孤独や、春香の記憶、この社会への怒りも、彼女の「自分を見てほしい」という叫びの前では、ノイズとして切り捨てられていく。
僕たちは、画面という薄い膜を隔てて、互いに「孤独の交換」をしていただけだった。いや、僕が一方的に彼女の孤独を吸い取るための、都合の良い排水溝になっていただけかもしれない。
彼女の泣き声が、iPhoneの冷たい液晶の向こうで響く。
可愛いアイテムや、オンライン上の些細な共感で塗り固められた彼女の世界。その中で、彼女は誰よりも深く傷つき、誰よりもその痛みを僕に押し付けた。
「あのさ、僕の話も少しは聞いてくれるかな」
僕がそう言った瞬間、彼女は鼻をすすり、また別の作業所の不満を語り始めた。彼女にとって僕は、彼女の孤独を浄化するためのフィルターでしかなかったのだ。
僕は、受話器を握りしめたまま、鏡に映る自分の姿を見た。Androidのような繊細な回路で繋がろうとして、結局はiPhoneの冷たいシステムに絡め取られているだけの、哀れな人形。
「……わかった。全部、聞くよ」
僕は嘘をついた。そうする以外に、僕たちがこの世の中で繋がる方法なんて、残されていなかったからだ。彼女の泣き声が続く日曜日の午後。僕は、自分が誰を求めていたのかすら、分からなくなっていくのを感じていた。
彼女もまた、この合理的なシステムから零れ落ちそうになっていた一人だった。福祉作業所で毎日を過ごし、そこで味わう理不尽や、誰にも理解されない孤独に押しつぶされそうになっていた。
「また電話していい……? 今、どうしても話を聞いてほしいの」
彼女の声は、iPhoneのスピーカー越しに震えていた。僕は日曜日の午後の予定をすべてキャンセルし、彼女の居場所を確保した。けれど、それは僕が望んだ「繋がり」とは、どこか決定的にズレていた。
電話がつながると、彼女は決まって泣き出した。作業所の人間関係、うまくいかない仕事、明日への漠然とした恐怖。彼女の言葉は、まるで決壊したダムのように僕の耳へ流れ込んでくる。僕は何度も「大丈夫だよ」と言おうとした。僕が感じているこの世界の息苦しさ、iPhoneという牢獄の不気味さ、そして僕自身の喪失感について、彼女と共有できるはずだと思っていた。
でも、彼女は僕の話を一切聞かなかった。
僕が何かを言いかけても、彼女は泣き声を強めてそれを遮り、自分の苦しみだけを増幅させた。僕の言葉は、彼女の悲しみの濁流の中では、あまりに無力な泡に過ぎなかった。
「……そうか、つらかったね」
僕はただ、そう繰り返すだけの装置になった。僕の抱える孤独や、春香の記憶、この社会への怒りも、彼女の「自分を見てほしい」という叫びの前では、ノイズとして切り捨てられていく。
僕たちは、画面という薄い膜を隔てて、互いに「孤独の交換」をしていただけだった。いや、僕が一方的に彼女の孤独を吸い取るための、都合の良い排水溝になっていただけかもしれない。
彼女の泣き声が、iPhoneの冷たい液晶の向こうで響く。
可愛いアイテムや、オンライン上の些細な共感で塗り固められた彼女の世界。その中で、彼女は誰よりも深く傷つき、誰よりもその痛みを僕に押し付けた。
「あのさ、僕の話も少しは聞いてくれるかな」
僕がそう言った瞬間、彼女は鼻をすすり、また別の作業所の不満を語り始めた。彼女にとって僕は、彼女の孤独を浄化するためのフィルターでしかなかったのだ。
僕は、受話器を握りしめたまま、鏡に映る自分の姿を見た。Androidのような繊細な回路で繋がろうとして、結局はiPhoneの冷たいシステムに絡め取られているだけの、哀れな人形。
「……わかった。全部、聞くよ」
僕は嘘をついた。そうする以外に、僕たちがこの世の中で繋がる方法なんて、残されていなかったからだ。彼女の泣き声が続く日曜日の午後。僕は、自分が誰を求めていたのかすら、分からなくなっていくのを感じていた。