暗闇の中で
会議室の空気は、凍りついたように淀んでいた。
秋生は、絞り出すように自分の信念を語り終えた。公人だろうが何だろうが、男と女が唾をつけ合い、たとえその先に死というリスクがあったとしても、魂が震えるような直接的な関係性を求める。それが人間本来の姿であり、かつて僕たちが失った「居場所」なのだと。
しかし、返ってきたのは沈黙だけだった。誰一人として手を叩く者はいない。皆、硬質なiPhoneの液晶を見るような冷たい目で、秋生という「エラー」を眺めている。
かつて春香がいた頃、世界はもっと単純だった。言葉に熱があれば、誰かが共鳴してくれた。あの日、稲毛駅で交わした言葉に、彼女が小さく拍手を送ってくれたあの光景が、今は遠い異国の記憶のように感じられる。
「拍手がない。……当然か」
秋生は小さく呟いた。
今の世の中では、リスクを負うことは「悪」であり、感情を剥き出しにすることは「非効率」なノイズでしかない。iPhoneというシステムが普及し、すべてが画面の中で完結するようになった今、我々はかつての「常識」——汚れてもいいから肌を触れ合わせ、温度を分かち合うこと——を、抹殺されるべき「非常識」へと格下げしてしまったのだ。
「非常識が常識に、常識が非常識になった」
それはただの価値観の転換ではない。人間という回路そのものの作り変えだ。
誰もが傷つかないことを最優先し、他者の飛沫を忌み嫌う。その「清潔な死」こそが、今のシステムの生存戦略なのだ。障害者団体が癒着し、政治がアメリカの端末を押し付け、国民が「コロナ後遺症」という安全な檻の中で微睡む。この巨大なiPhone化のシステムの中で、秋生のような「生身の人間」は、もはや居場所を失った漂流者に過ぎない。
秋生は会議室を見渡した。彼らの瞳には、何の意味も映っていない。彼らにとって、秋生の言葉は、彼らの完璧なシステムを汚す異物でしかないのだ。
「いいさ。君たちがその滑らかな画面の中で、完璧な人形として生き続けるなら、僕はその『非常識』を抱えて、泥の中で這いずり回る」
かつて春香がいたあの場所は、もうどこにもない。けれど、だからこそ秋生は、この「拍手のない世界」で、自分の血の通った言葉を吐き続けるしかない。それが、システムに呑み込まれず、最後まで人間としてあがくための唯一の回路だからだ。
電車は稲毛駅へ向かう。死の匂いと、かつての彼女の体温が混ざり合う、あの冷たいホームへ。誰にも拍手されずとも、秋生は自分の物語の続きを書く。iPhoneという静かな牢獄を破壊するために、その無機質な壁に、生身の熱を持った「ひび割れ」を刻み続けるのだ。
秋生は、絞り出すように自分の信念を語り終えた。公人だろうが何だろうが、男と女が唾をつけ合い、たとえその先に死というリスクがあったとしても、魂が震えるような直接的な関係性を求める。それが人間本来の姿であり、かつて僕たちが失った「居場所」なのだと。
しかし、返ってきたのは沈黙だけだった。誰一人として手を叩く者はいない。皆、硬質なiPhoneの液晶を見るような冷たい目で、秋生という「エラー」を眺めている。
かつて春香がいた頃、世界はもっと単純だった。言葉に熱があれば、誰かが共鳴してくれた。あの日、稲毛駅で交わした言葉に、彼女が小さく拍手を送ってくれたあの光景が、今は遠い異国の記憶のように感じられる。
「拍手がない。……当然か」
秋生は小さく呟いた。
今の世の中では、リスクを負うことは「悪」であり、感情を剥き出しにすることは「非効率」なノイズでしかない。iPhoneというシステムが普及し、すべてが画面の中で完結するようになった今、我々はかつての「常識」——汚れてもいいから肌を触れ合わせ、温度を分かち合うこと——を、抹殺されるべき「非常識」へと格下げしてしまったのだ。
「非常識が常識に、常識が非常識になった」
それはただの価値観の転換ではない。人間という回路そのものの作り変えだ。
誰もが傷つかないことを最優先し、他者の飛沫を忌み嫌う。その「清潔な死」こそが、今のシステムの生存戦略なのだ。障害者団体が癒着し、政治がアメリカの端末を押し付け、国民が「コロナ後遺症」という安全な檻の中で微睡む。この巨大なiPhone化のシステムの中で、秋生のような「生身の人間」は、もはや居場所を失った漂流者に過ぎない。
秋生は会議室を見渡した。彼らの瞳には、何の意味も映っていない。彼らにとって、秋生の言葉は、彼らの完璧なシステムを汚す異物でしかないのだ。
「いいさ。君たちがその滑らかな画面の中で、完璧な人形として生き続けるなら、僕はその『非常識』を抱えて、泥の中で這いずり回る」
かつて春香がいたあの場所は、もうどこにもない。けれど、だからこそ秋生は、この「拍手のない世界」で、自分の血の通った言葉を吐き続けるしかない。それが、システムに呑み込まれず、最後まで人間としてあがくための唯一の回路だからだ。
電車は稲毛駅へ向かう。死の匂いと、かつての彼女の体温が混ざり合う、あの冷たいホームへ。誰にも拍手されずとも、秋生は自分の物語の続きを書く。iPhoneという静かな牢獄を破壊するために、その無機質な壁に、生身の熱を持った「ひび割れ」を刻み続けるのだ。