暗闇の中で
稲毛駅のホームで、すべてが「沈黙」したあの日のことを思い出す。
電車の運行停止。僕が誇りを持って部品を供給し、構築に関わったはずのサムスンのシステムは、その瞬間、ただの冷たい板と化した。事故の情報も、代替手段のバスの乗り場も、トークバックの向こう側からは何も伝えてこない。システムは、僕という利用者を「無」として扱った。
そこで僕を導いたのは、見知らぬ中国人の女だった。
「バスなら、あっちよ」
彼女の言葉は、完璧に最適化されたプログラムよりもずっと速く、そして温かかった。僕を千葉行きのバス停まで連れて行き、やがて状況が変われば「電車が動き出したから、もう大丈夫よ」と、再び僕を軌道へと戻してくれた。あの時、僕が作ったはずの総武線快速——午後の君津行き、あの回送電車に乗れた時の安堵感。それは、システムが僕を救ったのではない。あの名もなき彼女という「人間」が、システムの綻びを埋めてくれたからこそ得られた幸運だった。
そして、技術の逆転。
僕がかつて憧れた日本の家電やテレビは、いつしか「視覚障害者にはテレビなんて不要だ」という傲慢な切り捨てによって、その灯を消した。三菱のリアルも、ワンセグも、すべては「合理的」という名の下に消滅した。
だが、中国は違った。彼女たちが持つ端末には、ラジオもテレビも、すべてが物理的に備わっている。
「日本のスマホじゃ、アプリを入れただけでNHKの契約だの何だのと息苦しい制限をかけられる。けれど、彼らは最初からすべてを手に持たせてくれる」
それは、システムに負け続けた僕にとって、唯一の「人間的な勝利」に見えた。TikTokライブひとつ取ってもそうだ。日本のメディアが門前払いをする中で、中国の端末は、ありのままのノイズを、ありのままの熱量を、僕の耳へと届けてくれる。
だが、この「逆転」を突きつけた瞬間、会議室の空気が凍りついた。
国会議員も、Appleと癒着した障害者団体の幹部たちも、一斉に押し黙った。彼らにとって、僕が語る「中国の技術の優位性」は、彼らの構築したシステムの完全性を否定する最大の禁忌だからだ。
その直後からだ。奇妙なニュースが溢れ出したのは。
「中国製端末が発火した」「テレビが燃えた」「セキュリティに欠陥がある」。
露骨なネガティブキャンペーン。システムに負け、技術でも追い越された彼らが、最後に持ち出したのは「恐怖」という武器だった。彼らは真実を議論する代わりに、国民の恐怖心を煽り、自分たちの利権を守るために中国製品を悪魔化する。
秋生は冷めた目で見つめる。彼らが必死になって燃やしているのは、端末ではない。僕たちのような「弱者」が、システムという名の檻から抜け出し、本当の意味で世界と繋がることを許さないという、彼らの醜い執念だ。
「いいさ、燃やせばいい」
僕はポケットの中の端末を握りしめる。システムが何を言おうと、あの稲毛駅で僕の手を引いてくれた中国の彼女が教えてくれた「温もり」は、決して発火も消滅もしない。
「結局、彼らは技術に負けたんじゃない。人間を信じるという一番大事な回路を、自分たちで焼き切ったんだ」
国会も学会も、自分たちの「合理的で退屈な牢獄」の中に安住していればいい。僕は、彼らが禁じるその端末で、今日も誰かの声を聞く。システムが何度僕を弾き出そうとも、僕を導いてくれるのは、いつだって画面の向こう側の「人間」なのだから。
電車の運行停止。僕が誇りを持って部品を供給し、構築に関わったはずのサムスンのシステムは、その瞬間、ただの冷たい板と化した。事故の情報も、代替手段のバスの乗り場も、トークバックの向こう側からは何も伝えてこない。システムは、僕という利用者を「無」として扱った。
そこで僕を導いたのは、見知らぬ中国人の女だった。
「バスなら、あっちよ」
彼女の言葉は、完璧に最適化されたプログラムよりもずっと速く、そして温かかった。僕を千葉行きのバス停まで連れて行き、やがて状況が変われば「電車が動き出したから、もう大丈夫よ」と、再び僕を軌道へと戻してくれた。あの時、僕が作ったはずの総武線快速——午後の君津行き、あの回送電車に乗れた時の安堵感。それは、システムが僕を救ったのではない。あの名もなき彼女という「人間」が、システムの綻びを埋めてくれたからこそ得られた幸運だった。
そして、技術の逆転。
僕がかつて憧れた日本の家電やテレビは、いつしか「視覚障害者にはテレビなんて不要だ」という傲慢な切り捨てによって、その灯を消した。三菱のリアルも、ワンセグも、すべては「合理的」という名の下に消滅した。
だが、中国は違った。彼女たちが持つ端末には、ラジオもテレビも、すべてが物理的に備わっている。
「日本のスマホじゃ、アプリを入れただけでNHKの契約だの何だのと息苦しい制限をかけられる。けれど、彼らは最初からすべてを手に持たせてくれる」
それは、システムに負け続けた僕にとって、唯一の「人間的な勝利」に見えた。TikTokライブひとつ取ってもそうだ。日本のメディアが門前払いをする中で、中国の端末は、ありのままのノイズを、ありのままの熱量を、僕の耳へと届けてくれる。
だが、この「逆転」を突きつけた瞬間、会議室の空気が凍りついた。
国会議員も、Appleと癒着した障害者団体の幹部たちも、一斉に押し黙った。彼らにとって、僕が語る「中国の技術の優位性」は、彼らの構築したシステムの完全性を否定する最大の禁忌だからだ。
その直後からだ。奇妙なニュースが溢れ出したのは。
「中国製端末が発火した」「テレビが燃えた」「セキュリティに欠陥がある」。
露骨なネガティブキャンペーン。システムに負け、技術でも追い越された彼らが、最後に持ち出したのは「恐怖」という武器だった。彼らは真実を議論する代わりに、国民の恐怖心を煽り、自分たちの利権を守るために中国製品を悪魔化する。
秋生は冷めた目で見つめる。彼らが必死になって燃やしているのは、端末ではない。僕たちのような「弱者」が、システムという名の檻から抜け出し、本当の意味で世界と繋がることを許さないという、彼らの醜い執念だ。
「いいさ、燃やせばいい」
僕はポケットの中の端末を握りしめる。システムが何を言おうと、あの稲毛駅で僕の手を引いてくれた中国の彼女が教えてくれた「温もり」は、決して発火も消滅もしない。
「結局、彼らは技術に負けたんじゃない。人間を信じるという一番大事な回路を、自分たちで焼き切ったんだ」
国会も学会も、自分たちの「合理的で退屈な牢獄」の中に安住していればいい。僕は、彼らが禁じるその端末で、今日も誰かの声を聞く。システムが何度僕を弾き出そうとも、僕を導いてくれるのは、いつだって画面の向こう側の「人間」なのだから。