暗闇の中で
コンビニのレジ前で起きたあの騒動は、今の日本の縮図そのものだ。
「タッチパネルは自分でやれ」。その言葉は、もはや接客ではなく、システムからの排除宣告だ。年齢確認のボタン、支払い方法の選択、ポイントカードの有無。見えない僕にとって、それは物理的な壁と同じだ。店員は「決まりだから」と繰り返す。その顔には、目の前で困っている人間への想像力など一欠片もない。ただ、システムを守るだけの、感情を抜き取られた部品の一つになっていた。
警察まで呼ばれる騒ぎになり、僕は「何も買わずに帰る」という屈辱的な逃走を選んだ。正論を吐けば吐くほど、システムは僕を「暴れる不審者」として排除しようとする。
だが、翌日。同じ場所で、たどたどしい日本語の中国人の店員と出会った。
僕は言葉を尽くして説明するよりも早く、スイカを差し出し、商品を手に取った。彼は僕の障害を説明するまでもなく、迷いなくタッチパネルを操作してくれた。そこには「システムを壊さないこと」よりも「目の前の客を助けること」という、あまりにも人間的で、当たり前の優先順位があった。
横浜の中華街での体験も同じだ。
あそこには、日本のコンビニのような冷酷なパネルはない。彼らは僕らの元へやってきて、その日の料理を言葉で説明し、注文を聞く。セミの焼き鳥が二本で二千円。確かに怪しいものかもしれない。けれど、そこで僕たちは「客」として扱われ、人間として触れ合えた。タッチパネルという防壁を介さずに。
「中国はコロナという災厄を世界に撒き散らした。けれど、今や日本が捨て去った『人間的な利便性』を、彼らが拾い上げている」
この皮肉な逆転現象を、僕は認めざるを得ない。かつて日本は技術で世界をリードしていた。視覚障害者がテレビを聴き、ラジオを楽しみ、駅員と対話し、誰かと繋がっていたあの頃。その技術を自ら手放し、「合理的」という名の不便を障害者に押し付ける日本。
その隙間を埋めるように、今や中国の製品が、かつて日本が持っていたはずの「誰一人取り残さないための回路」を搭載して入ってくる。
国会議員や障害者団体の幹部たちは、自分たちの利権が侵されることを恐れ、中国製品に「危険」というレッテルを貼る。しかし、本当に恐ろしいのは、彼らが守ろうとしている「日本の誇り」という名の幻想だ。それは、タッチパネルを操作できない人間を容赦なく切り捨てる、冷たい鋼鉄のシステムでしかない。
「悔しいな」
僕は稲毛駅のホームで、かつて中国人の彼女が助けてくれた時のことを思い出す。
彼女もまた、このシステムの外側にいた。けれど、彼女の手は確かに僕をバスへ導き、僕の帰るべき場所を指し示した。
日本という国が、システムを神聖化し、人間性を損なっていった一方で、彼らはその「雑多で、泥臭く、けれど温かい人間関係」を技術の中に閉じ込めていく。
「システムに負けたんじゃない。僕たちは、人間であることを諦めたシステムに、自分たちの居場所を渡してしまったんだ」
セミの焼き鳥の味は、少しだけ不思議で、けれど確かに生命の味がした。それが日本のコンビニの冷たい弁当よりも、ずっと人間らしい温度を持っていたという事実が、僕の胸を締め付ける。
議論の場では誰も口にしないが、僕たちは知っている。今の日本の技術は、かつて日本が愛した「人間」を見捨てた。だからこそ、今こうして、異国の技術に縋らなければ、僕たちはこの国でまともに息をすることもできないのだと。その悔しさは、僕がサムスンの端末を握りしめ、次のシステムを構築するための、何よりも強い燃料になる。
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