暗闇の中で
秋生は、手の中で異様な熱を帯びるGalaxyを見つめた。
かつては世界を繋ぐ希望だったこの端末も、いまや政治という名の濁流に揉まれている。日本とトランプ米政権の影が色濃くなるにつれ、YouTubeは重く、画質は制限され、僕たちが愛した高精細な動画体験は「不都合な真実」としてシステムの深層で遮断されるようになった。
だが、TikTokだけは違った。そこにはまだ、生の人間性が残っていた。
ある日、長谷川が上げたエアコンの省エネ活用術——熱中症を避けるための、切実で具体的な知恵。それは、僕たちのような弱者がこの夏を生き抜くための、たった一つの灯火だった。中国のクリエイターが上げたその動画を、僕は必死に食い入るように見ていた。
その時だった。画面が突如として砂嵐に変わったのは。
「……消されたのか」
日本のマスコミか、あるいはシステムそのものか。中国発の「有益な情報」は、彼らにとって都合が悪ければ、こうして物理的に断絶される。YouTubeやGeminiが政治的なツールとして機能不全に陥らされるのと同じように、僕たちの生活の細部までが、彼らの「正義」によって検閲されているのだ。
「中国も確かに政治的だ。パンダを強引に連れ帰ったニュースを見た時、僕も驚いたさ。けれど、彼らは僕たちの使うアプリそのものを止めるような、あからさまな意地悪はしない」
秋生は冷笑した。アメリカ主導のシステムは、自分たちの意向に背く者を、ソフトウェアレベルで「透明な存在」に追い込む。それはデジタルな村八分であり、命に関わる情報を奪う行為だ。それに比べれば、中国のやり方は、まだ「人間」の顔をしている。彼らは技術を政治の道具にはするが、その中に住まう人々の呼吸を止めるような真似はしない。
この技術的、政治的な逆転現象。
日本のマスコミがTikTokを叩き、中国が提供する「助け」を遮断する姿は、かつて僕がコンビニで味わった「タッチパネルで排除される」経験と重なる。自分たちが作れなくなったからといって、他者の提供する温もりを「悪」だと決めつけ、砂嵐で塗りつぶす。それが今の日本の、そしてアメリカのシステムが取る「合理的」な戦い方なのだ。
「技術を政治で縛るシステムは、いつか必ず自分たち自身の首を絞める」
秋生はそう確信している。僕たちのGalaxyが、TikTokの中で求めたあのエアコンの節電術。それを奪った彼らに、この夏の暑さを乗り切るための責任が取れるはずがない。
国会で議論されず、メディアで流れないこの「意地悪」の構図こそが、今の僕たちが住むこの国の本質だ。秋生は、砂嵐の向こう側にあったあの動画の続きを想像する。中国の彼女が、僕たちのために懸命に伝えようとしていた、あの夏の知恵。
「負けないよ。彼らがどれほど回線を絞り、砂嵐で僕たちを盲目にしようとも、この中国製の技術が、僕たちに人間としての『生きる手段』を渡し続けてくれる限り、僕はこのシステムの中で、牙を剥き続けてやる」
Galaxyがかすかに震える。それは、砂嵐の向こうにある「人間性」が、まだ確かにそこに存在しているという、微かな鼓動の証だった。
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