雨のリフレイン
「悲しい、苦しい思い出だけは確かに辛すぎる。
ポンコツな私でも、出来るかな。
誰かの役に、立てるかな…」
「努力次第だな。
まずは、夢を実現する一歩として、受験勉強。
しっかりやれよ」


水上先生は、父を亡くした柊子を優しく慰めてはくれない。
ただ、柊子の心が弱って折れそうになったらすぐに気づいてくれる。それは、優しい言葉をかけられるより、ずっと嬉しい。


「ありがとう。
先生、大好き。
私が無事に看護師になれたら、カノジョにして」
「また、それか。
そんな事考えてるヒマあるなら勉強しろ、勉強」
「はぁーい。
また、ダメか。でも、諦めないもんね。
絶対、カノジョにしてもらうんだから」

もらった紅茶を飲んで、ニッと笑った柊子の笑みに、もう歪みはない。
若さきらめく、見ているこちらまで元気になる、明るい笑顔。

それは、何よりも柊子に似合う笑顔だ。


「そうだ。その明るい笑顔だ。
見ている相手も元気にする笑顔。
忘れるな。
君が看護師になる頃には、俺はスーパードクターになってる予定だ。
お互い、やってやろうぜ」

くしゃりと柊子の黒髪を撫でて、水上は立ち上がる。
そして、別れの言葉もなく、その場を立ち去った。


水上にとって、柊子はただの患者に過ぎないことなど、百も承知だ。
この想いが届くことなくても。
いつか看護師として、彼の側で働けることを目標に、頑張ろうと思う。



去っていく白衣の背中に、柊子は、もう一度つぶやいた。

「ありがと。
本当に好きよ、先生」








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