華麗なる人生に暗雲はつきもの



 アリとキリギリスの話が金曜日は俺と宮野の間に繰り広げられていたのに、今ではアリが働き、キリギリスは優雅にルンルン飲み屋へだ。


 今日も宮野の仕事を自分でできる範囲まで終えて、終電の二本前の電車で帰宅。


 まずまず遅くまで残れた。


 これで、布団に突っ伏して寝てしまえる。


 金曜の夜遅い電車には酔っ払いが多く、酒の匂いか窮屈さのせいか、頭痛が余計にひどくなる。


 梅雨も明けたし、食事も睡眠も数週間前から食べるようになって吐くこともなくなった。


 駅から離れた自宅に戻るべくふらふら夜道を歩く。


 こめかみを抑えながらオンボロアパートの階段を上る。


 静かに歩いても錆びついた鉄製の階段は大きく音を立てる。


 そんなの階段が俺は好きだった。


 水野に俺が帰って来たのが伝わって、ドアを開けてくれたから。


 それも遥か遠くの記憶だ。


 水野は毎週、毎週、笑顔で出迎えてくれていたのに。


 もう、そんな日は永遠に戻らないのかもしれない。


 今日もドアを開く音は聞こえな……





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