一級建築士の甘い囁き~ツインソウルはお前だけ~妊娠・出産編
「大袈裟だけど、死が目の前をちらついたとき最初に思い浮かんだのはあなた。もっと話をすれば良かった、もっと一緒にあちこち連れだって歩けばよかった、萌音ちゃんの子供が見たかった・・・。散々好き勝手なことをしてきたのに我儘よね」

自由な感性とその奔放な行動こそが、画家゛流川結子゛の魅力だ。

そんな結子が弱気になっているのをみて、萌音は驚いていた。

「それでね、手術が終わった後に目が覚めて思ったの。あー、生きてるって当たり前ではなくて奇跡なんだなって。だからこそ、周りの人との関わりが大事なんだって」

萌音にとって、死は身近ではない。

だが、祖父を看取った祖母の落胆ぶりをみて、人一人の死がどれだけ大切な人たちへの影響を及ぼすかは知っている。

そして今、正に母の話を聞いて、他人事ではない現実に直面している。

「萌音ちゃんのこと、娘だけど心から尊敬しているのよ。真面目で、何事にも真剣に取り組んで、愚痴一つこぼさない。だからこそ心配になったの。あなたを本当に支えていける人はどれだけいるだろうかって」

夫がいるとはいえ、萌音はきっと双子の妊娠に一人で向き合い、無理をしたり我慢したりしているだろうと思った、と結子は言った。

「私、日本に戻ることにしたわ。残りの人生、何年あるかわからないけど、萌音ちゃんと双子の側で好きなことをしたいと思ったの。今さらだけどわたしにできることはしてあげたいな、って思ったの」

双子を妊娠する前なら、萌音も゛今更゛と思っただろう。

だが、本当は萌音も大きな不安を抱えていた。

夫や義理の両親、父親にも言えない悩みもある。

周囲の些細な言葉に一喜一憂するこの状況から逃げたいと何度思ったことだろう。

だから、萌音は本当に素直に心から

「ありがとう、お母さん」

と微笑むことができた。
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