ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第16話〜おでこ

 お昼が終わり、百合は葵と舞と別れる。

「また明日ねー!」
「はい!」

 時間が過ぎ、百合はトイレに立つ。鏡に映る自分をふと見た。指を頬に軽く当てる。百合は思った。もっとちゃんと笑えるようになりたいと。

 そして気付いたこと。航に渡したお弁当。

「あ、お弁当箱、返してもらわなくちゃ…。どうしよう…。」

 とりあえず航に聞いてみようと、百合はスマホを出す。すると、既に航からのラインが入っていた。

 仕事終わったらあの公園で

「航さん…。」

 百合は一気に航が恋しくなる。逸る気持ちを抑えた。迎えた終業。百合はデパートのトイレで化粧直しをする。緊張が高まる。航に会える嬉しさ、お弁当の感想、気になることが頭の中で回る。深呼吸をし、デパートを出て公園に向かった。

 公園に着く百合。航の仕事の終業時間のほうが少し遅いため、百合はひとり公園で待つ。出入口に近いベンチには、前のようにカンカンがふたつ、ぴったりくっついて置いてある。百合はもう一台のベンチに座った。時間が経てば経つほど緊張が高まる。目を閉じる百合。

「おい!」

 百合はパッと目を開け、出入口を見る。航だ。

「ちゃんと受け取れ!」

 航はまた何かをゆっくり投げてきた。

「はい!」

 百合は立ち上がり、航からの何かを受け取った。前と同じ、コーヒーのカンカン。

「…ありがとうございます。」

 公園の中に入ってきた航の手には、朝、百合が渡した紙袋。

「お疲れ。」
「あ、お疲れ様です…。」

 お弁当の感想が一番気になる百合。しかし自分から聞く勇気はない。口が動かない。

 「これ。」

 航は紙袋を百合に返してきた。何も言わずにゆっくり受け取る百合は、不安に溢れた表情をしていた。航にすぐ伝わる。だからこそ航はストレートに言った。

「うまかった。すげーうまかった。」
「え…?」
「すげーな、よくあんなの作れんな。」

 百合は目をぎゅっと閉じる。一日分のため息をする。

「…よかったぁ…。」

 すると航がすぐに言う。

「卵焼き。」
「あ、どうでしたか…?」
「うまかったけど、もう少し甘いほうがいい。」

 百合の表情がやっとやわらかくなる。

「はい、明日からそうしますね。」
「それから…。」
「何ですか?何か食べたいおかずありますか?」

 航は百合のメッセージカードの礼を言おうとした。しかし何と言ったらわからない上、恥ずかしくなった航は頭を抱えた。

「いや、何でもねぇ…。」

 不思議に思った百合。しかし航の、頭を抱える癖。それが見れて百合は嬉しかった。

「あんなにすげー豪華な弁当、毎日作んなくていいぞ?無理は…。」
「無理なとこは無理、です。航さんが教えてくれました。」

 航は驚く。少しだけ目を大きくしながら。百合の発言。百合の成長。航はやさしく言った。

「そうだったな。」
「だから明日も届けます、お弁当。だから受け取ってください。」

 百合は気付かない間に、少しずつ素直になっていた。百合の言葉が航に響く。航は素直に嬉しく思った。

「待ってるよ。」

 百合は笑った。まだまだ控え目な笑顔。

「はい。」

 夕顔が咲いた。

 航が百合をアパートまで送る。別れ際、航は言う。

「…あんた、ほんとに…。」
「?何ですか?」
「いや、何でもねぇ…。」

 航は百合を心配していた。お弁当のことより、百合にとっての人目のこと。

「航さん、今日『何でもない』が2回目です…。何ですか…?」

 航は言葉を濁したり隠したりするような人間ではない。百合は当然のように不安になる。すると航は百合のように言った。

「…もう少し、経ったら言う。今は…。」

 百合は航を見ていられず、うつむいてしまう。それを見た航は、航なりのフォローをする。

「でも悪いことじゃねぇ、そんなんじゃねぇんだ…。それだけは、わかってくれ…。」
「はい…。」

 百合は返事をするが、不安は消えない。その不安を百合は必死に抑えた。そんな百合を見て航は頭を抱え、髪をくしゃっとした。無駄な誤解はされたくない。不器用な航はそれ以上の言葉が思い浮かばない。

 航は百合のおでこにキスをした。とても短いキス。

 一瞬だった。百合の時間が止まる。顔を赤くした。久しぶりの百合の赤い顔。その顔を見ることなく航は言う。

「…また明日な。」

 そう言う航のことも百合は見ることなく、百合は動けず、呼吸も忘れるほどだった。やっと息を吸えた百合は航を目で追う。航の姿は小さくなっていた。

 百合はぽーっとする。階段を上り、ドアの前に立つ。おでこに手を当てる。

「熱い…。」

 シャワーを浴び、少し落ち着いてきた百合はノートを開く。航のお弁当ノート。百合にスイッチが入る。

「明日も卵焼きは真ん中。お肉は…。」

 お弁当のことを考えることは、やはり時間を忘れるほど百合にとって楽しいものだった。

 そして翌朝、お弁当はできていた。卵焼きの砂糖の分量も少し増やした。迷っていたのはメッセージカードの一言書き。おでこへのキスが思い浮かんでしまう。

「昨日のことは…書けない書いちゃだめ…。…今日は何て書こう?毎日同じなのは嫌…。あ!」

 今日の卵焼きはどうですか?
            百合

 百合は工場へと向かう。航に会いに行く。
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