ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第19話〜おとぎ話のレストランの続き

 航はジーンズのポケットをゴソゴソする。そして何かを出した。それをテーブルに置く。百合からのメッセージカードだった。

「悪いな、ボロボロになって…。失くさないようにずっとポケットに入れてたんだ。」

 航は全部残らずとっておいた。

「これ…。」
「毎日楽しみになってったんだよ。あんたに話し掛けられてるみたいに感じてよ。」
「ちゃんと…見てくれてたんですね…。」
「当たり前だろ。」
「よかった…。」

 百合の気持ちは航に伝わっていた。百合は嬉しさが重なり、胸がさらに苦しくなる。

「航さん…?」
「なんだ?」
「ありがとう…ござい…ます…。」

 百合は深く目を閉じる。すると何粒もの涙が流れた。夏の小さな流れ星のように。

「まだ何もしてねぇよ、これからだ。…でも…ありがとな…。」

 航は百合の頭をやさしくなでた。百合は涙が止まらない。止まらないほどの歓喜の涙、百合は初めてだった。

 程なくしてシェフがやって来た。大きなお皿を持っている。百合は慌てて顔をハンカチで隠す。

「どうぞ、お召し上がりください。」

 シェフは百合の前にお皿を置いた。大きなお皿に小さなショートケーキ。一粒の苺、その周りのクリームのデコレーションはリボンのようだった。百合は涙を拭きよく見ると、チョコレートで文字が書かれていた。

 To Yuri

「名前…。航さん…?」
「先輩からの気持ちだ。ありがたく食え。」

 百合の目にまた涙が滲む。嬉しいのに涙が止まらず笑えない。涙が一粒落ちた時。

「食わないならオレが食うぞ。全部食うぞ。」
「…だめです…!私の…ケーキです…!」

 航はやさしい目。

「少しは落ち着いたか?」

 百合を落ち着かせるための言葉。航はどこまでもやさしかった。百合は目を閉じ深呼吸する。何度も。そして目を開けるとチョコレートの文字。おとぎ話の中ではなかった。百合は涙に負けそうな笑顔。

「…いただきます。」
「やっと笑ったな。」

 ふたりは目を合わす。目を合わせ、ふたりは笑った。心が満たされる。笑顔が輝く。

 気持ちがひとつになった瞬間だった。

 食事が終わり、店を出る前。

「先輩、今日はありがとうございました。」
「おう、また来てくれよ。百合ちゃんと一緒に。」
「はい。」

 百合は泣きはらした顔を見られるのが恥ずかしく、シェフのことをうまく見ることができない。礼もきちんと言えない。

「ご、ごちそうさまでした…。とても…美味しかったです…。」

 そんな百合を見たシェフは航に言う。

「お前、大丈夫かー?こんな可愛い子、泣かすなよ?」
「大丈夫です、守ります。」

 航は堂々と言った。百合は驚き、心が高まる。そして航は言う。

「あんたは先出てろ。」
「は、はい…!」

 店を出る百合は、さっきの航の言葉で頭がいっぱいだった。その航が後ろから呼ぶ。

「おい!受け取れ!」

 百合は急いで後ろを向く。百合の胸に、大きなやわらかいものが飛び込んできた。白くてとてもいい香り。

 花束だった。花びらが大きく、立派に咲いた真っ白な百合の花束。

「え…?」

 突然のことで百合は驚いた。

「きれいな花だな。あんたにぴったりだ。」

 歩き出す航。動かない百合。

【百合、花言葉は『純潔』】
 
 その花言葉を航は知らないだろう、そして自分は純潔ではないことも航は知らない、百合はそんなことを考えていた。立派できれいな花束を見ながら、百合は複雑な思いがした。

 再び航は百合を呼ぶ。今度は前から。

「おい!帰るぞ!」

 百合は息を飲み、航を見る。航は腕を伸ばし、手を開いていた。

「来い、置いてくぞ。」

 航の手を見ながら、百合は涙を我慢し航へと急いだ。航に、航の手に。

 航の手。おそらく大きくて長いであろう指はごつごつしていた。そして固い皮膚。その大きな手に包まれる自分の手。百合は初めて航に触れた。手から伝わってしまうのではないかと思うほど、百合は緊張した。しかし何より、嬉しかった。

 ふたりは百合の花の香りに包まれる。
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