ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第40話~小さなジーンズ

 平日、夜。百合は航のTシャツを着ている。まだまだこそつく百合。とても細かい作業が続く。テーブルには、数種類の生地、小さなパーツ、刺繍糸、手芸糸、ハサミ。色んなものが広がっていた。航を想い、作る。数週間かけて出来上がる。

「できた…。これをラッピングする…力は…ない…。」

 待っていた週末。美味しい時間の週末。百合は航を待つ。インターホンが鳴る。

「はい!」

 百合はドアを開く。航がいた。航は小さな紙袋を持っていた。百合は気付いていない。

「来たぞ。」
「はい、待ってました。」

 笑顔になるふたり。航はすぐ気付く。

「それオレのTシャツじゃねーか。」
「はい、毎日着てます。」
「ほんとかよ…。」
「ほんとです。」

 百合は笑う。

 航は真っ直ぐ、自分の特等席に座る。青い箸置きと薄い紫色のグラス、そしてネームプレートの前。隣には赤い箸置き。航は持ってきた紙袋を隠すように床に置いた。

 キッチンからは、いい匂い。食器の音がカチャカチャ鳴る。百合は料理を運んでくる。最後に持ってきたのは卵焼き。いつもの流れ。百合がビールをグラスに注ぐ。

「今日は何も乾杯するものないぞ。」
「今日はいいじゃないですか。乾杯です。」

 ふたりは笑顔で乾杯をした。

「今日もうまそうだな…。」
「今日のは手間がかかりました。自信作です。」
「期待するぞ。」
「はい。」
「じゃ、いただきます。」
「はい、召し上がれ、です。」

 ふたりは楽しく食べ、おいしく笑い、嬉しく飲んだ。

「航さん。今まで食べた中で、一番気に入った料理は何ですか?」
「んー、そーだなぁ。どれもうまいけど、今日の自信作のロールキャベツかな。」
「そうなんですか??じゃあブイヨンと野菜を使った料理を他にも…。」
「うそ。」
「え?」
「うそ。」
「じゃあ何ですか?」
「卵焼き。」
「え?」
「卵焼き。」

 百合はいつもさりげなくテーブルに置き、航はいつもさりげなく食べていた。しかし航は卵焼きの話は一度もしたことがなかった。百合心が弾み、笑みがこぼれる。

「よかった…作ってて…。」
「あんたはやさしいんだな。」

 百合は驚き、航のことを大きな目で見てしまう。しかし恥ずかしくなり、すぐ目をそらした。

「テーブル、片付けます…。」

 ふたりはいつものように、ベッドに寄りかかる。テーブルにはペアグラスとネームプレート。ネームプレートを見て、航は思い出す。

「そうだ。今日はあんたにこれ持ってきたんだ。」

 航はすぐ横に置いてあった紙袋を、テーブルの上に置く。

「今日は何ですか?…ずいぶん小さそう…。」
「出してみろ。」
「はい…。」

 百合は紙袋から中身を出す。目を見開いた。

「…あ…。」

 百合が手にしたのはネクタイだった。友江の結婚式、航のしていた濃い紫色のネクタイ。

「これ…。」
「探したんだろ?そのネクタイ。よかったな。見つかって。」
「でも…こんな大事な物はもらえません!」
「いいんだよ。オレはスーツなんてほとんど着ねぇし、あんたが持っててくれんなら、そのほうがそのネクタイも喜ぶ。」
「だからって…だからって…。」

 百合はネクタイをずっと見ていた。あの日、友江の結婚式。ずっと探したネクタイが今ここにある。あの日からの、航との心の距離の差を確かに百合は感じた。どんどん目が潤む百合。ネクタイをしっかり持ち、下を向く。声を震わせながら言った。

「私がしっかり、大事にします…。」

 百合も思い出す。涙を少し拭いながら立ち上がり、引き出しから取り出す。航のために作っていたもの。テーブルの上にそっと置いた。

「航さんへ。」

 航はそれを手に取る。

「なんだ?これも小さいな。」
「スマホケースです。」
「スマホケース?」
「はい、作りました。」
「は?!これ作ったのかよ!…うそだろ…?」
「本当は、きれいにラッピングして、家に帰ってからのお楽しみにってしたかったんですけど、そこまで手が回りませんでした…。」

 手にした時から百合の話している間も、ずっと航はそのスマホケースを見ていた。

 手帳型のスマホケース。ジーンズのデザイン。ポケット、コインポケット、ベルトループ、パッチ。赤タブもリベットも付いていた。ステッチの縫い目は真っ直ぐ、赤タブには『wataru』の刺繍。まるで本物のジーンズのようだった。

「こんなの…うそだろ…。」

 出来映えは見事で、航は言葉が出なかった。

「結構時間かかりました…。手作りだから、すぐ剥がれたりするかもしれないし、かさばるケースなので邪魔だと思ったら外してください。」

 ケースを見て黙り混む航に、百合は不安になる。

「航さん…?」

 航はやさしい目をしていた。少し切ない、やさしい目。

「あんたはほんとに器用だな…。」
「そんなことないです。自己満なところもありますし…。」

 航はずっと、百合の作った小さなジーンズを見ていた。

「細かいこともする仕事してるから、すぐわかるんだよ。器用なやつかどうか…。あんたはほんとに器用だ…。料理はうまいしセンスもあるし。いい嫁さんになるんだろうな…。」
「よ…め…。」
「…オレだって…守る…。」

 最後の言葉だけは、誰かに話しかけているように見えた百合。

「だから…。」

 航はそう言った後、百合の目を見る。

「そばにいてくれないか?」

 あまりの嬉しさに、百合の体の力が抜ける。心は溶ける。

「はい…。」

 百合は小さく答えた後、大きく答えた。

「…はい!」

 百合は航の胸に飛び込む。シャツを強く握りしめた。航は百合の肩を抱き、頭をなでた。百合は航でいっぱいになる。

 そしてふたりは見つめ合う。航はやさしい目、百合はガラス玉のような透き通った目。百合の手が緩む。ふたりはキスをした。あたたかいキス。やさしいキス。

「航さん…?」
「ん?」
「好きです…。」
「わかってるよ。」
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