ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第59話〜おかえり

 年の瀬。街が賑わう。慌ただしくなる。百合の部屋のテーブル。中央の箱の横に、小さなクリスマスツリー。

「航さん。お願いがあります。」
「なんだ?」
「クリスマス。イヴの日、航さんの先輩のお店に行きたいです。」
「ああ。しばらく行ってないしな。連絡しておく。他には何かないか?」
「ないです。」
「は?ないのかよ。」
「ないです。」
「どこか他に行きたいとことか、何か欲しいもんとか…。」
「はい、ありません。その日、あのお店に行って、その夜、航さんと過ごせたら、それだけでいいです。」
「ないならいいけど…。もし何か思い付いたら言うんだぞ。」
「はい。航さんは、何か欲しいものありますか?」

 航はテーブルの小さなクリスマスツリーのてっぺんを、指でつっつきながら返事をする。

「オレは何にもいらねーよ。あんたがいればいい。」

 航からさらっと出た言葉。百合は恥ずかしくなる。何も言葉が出なかった。

 それから百合は航へのプレゼントに悩む。テーブルの中央の箱に、まるで話しかけるように呟く。

「航さん。プレゼント、何がいいかなぁ。何かないかな…。」

 後日、金曜のお昼。百合は誰もいない会議室。航に電話をする。

「もしもし、航さん?」
「おぉ、お疲れ。どうかしたか?」
「あの、今夜先輩達と飲みに行くことになったので、航さん、先に部屋で待っててもらえませんか?」
「先に?…あぁ、そうだな。待ってるよ。」
「急いで帰りますから。」
「いいよ、ゆっくりしてこいよ。」
「航さんの、待ってる姿が早く見たいんです…。」

 微笑むふたり。ふたり、声でわかる。

「わかったよ。気をつけて帰ってこいよ。」
「はい…待っててくださいね。」

 百合は終業後。居酒屋・古都。

「かんぱーい!」

 百合、葵、舞は乾杯をする。すぐに近状報告になった。葵が言う。

「舞が結婚なんてびっくり!そんなに舞、結婚願望あったっけ?」
「結婚はまだまだ先の話!でも突然で、自分でもびっくりしてる。」

 舞は続ける。

「葵と合コン行って、その後デート重ねて、すぐ結婚の話が出て…。」
「仲良く話してるなーって、合コンの時思ってたけど…。」
「後になってわかったんだけど、彼、別に結婚を求めて合コンに行ってた訳じゃなかったんだって。」
「じゃあどうして?」
「私といると落ち着くんだって。だからすぐ結婚が浮かんだって言ってた。」
「へぇ…。」

 『落ち着く』という気持ちがわかる百合。百合はウーロン茶を飲みながら聞いていた。その時の百合はアルコールを飲まない。アパートに帰ってから、航と飲むだろうと思っていた。

 ゆっくりビールを飲む舞は続きを話す。舞は落ち着いた表情をしていた。

「それ聞いて、なんか嬉しかったんだよね。『落ち着く』なんて初めて言われた…。でも私も考えてみたら、彼と一緒にいると居心地いいって思うし、癒される時もある…。そういうのって大事なんじゃないかなって思ったの。」
「具体的に話、進んでるの?」
「ううん、全然。むしろ自然。だからいい。だから楽しい。」

 にこにこしながら百合はずっと聞いていた。

「順調にいくといいね。」
「いいね、です!」
「うん、ありがとう。2人とも。」

 3人、笑顔になる。今度は舞が葵に聞く。

「葵は?進んでる?転職サイトに登録して、もう経ったじゃん?いい仕事見つからないの?」
「違う、そうじゃないの。知れば知るほど、どんな職種も面白そうで、そこで迷ってる。」
「職種?」
「そう。自分にどんな可能性があるかわからないじゃない?自分は何に向いてるのか…。」
「んー…。」

 葵と舞の話。どちらの話も百合には遠い話だった。しかし遠い話だからこそ、聞き甲斐があるのも確かだった。3人の時間が楽しいことに変わりはない百合。葵と舞、やはり大切な存在だと確信する。

 出会ってよかった2人。いつも勇気をくれる2人。自分なりに応援し、恩返しをしようと、百合は心から思った。そんな時。百合に葵と舞の視線が集まる。

「ユリは?」
「え?」
「彼氏とは順調?」
「えっ。」
「今度はユリの話、聞かせてよ!」
「話って、いつもお昼にしてるじゃないですか…。」
「お昼じゃできない、深ーい話とか…。」
「んー…。」

 困る百合に2人は容赦しない。

「そのユリの顔は…『恥ずかしい』…。」
「ってことは…『うまくいってる』…。」
「教えてユリ!どううまくいってるの!」
「あ、あの、何がうまくいってるんですか…。」
「こっちが聞いてるの!」

 そして3人の宴が終わり、百合は急ぐ。アパートに、航に。百合がアパートに着くと、自分の部屋の灯りがついていた。笑顔になる百合。急いで階段を上り、鍵とドアを開く。

 ギターの音がした。ベッドに寄りかかり、航はギターを弾いている。百合の部屋に持ってきていたアコースティックギター。夜遅い時間。静かな曲。ほぼ1本のライン。百合に気付いていない。

 百合に音楽の知識はないが、この曲には歌があり、やさしくて切ない、切なくてやさしい、そんな曲だと、百合は思いながらそっと聞いていた。

 曲が終わり、航はギターを床に置こうとした時。小さな声の百合。

「航さん。」
「なんだ、帰ってきてたのかよ。」
「はい。」
「おかえり。」

 百合は初めて聞く、航の『おかえり』。嬉しくなる百合は、ただいまの微笑み。

「はい。ただいま、です。」

 ゆっくり航の隣に座る百合。そっと聞いてみる。

「今の、何て曲ですか?」
「おやすみ羊。」
「夜にぴったりの曲ですね。なんて人の曲ですか?」
「モーニング・バーン・バンクロバーズ。」
「…朝焼け…?」
「朝焼けの銀行強盗。」

 航はギターを床に置く。

「へぇ…かっこいいネーミング…。かっこいい人は、かっこいい音楽を聞くんですね。あ、私着替えてきます。」

 たまに出る百合のストレートな言葉。立ち上がろうとする百合の腕を、航は引っ張る。その百合からアルコールのにおいがしなかった。

「…酒、飲んでないのか?」
「帰ってから航さんと飲むかもしれないと思ったので飲みませんでした。」

 航は百合も床に置く。

「ずるい。」
「え?」

 航に着替えた百合。
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