ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第74話~おとぎ話のレストラン

 ふたりは航の先輩の店「コント・ド・フェ」。 シェフが食後のコーヒーを持ってきてくれた。

「おめでとう。航、百合ちゃん。」
「ありがとうございます、先輩。」
「航。」
「はい。」
「これからは1人の体じゃない。百合ちゃんを、ふたりのことを考えて生きてくんだぞ。」
「はい、頑張ります。ありがとうございます。」
「それから百合ちゃん。」
「はい。」
「航のやつ、寂しがり屋なところあるけど、大目に見てやってね。」
「先輩、そんなこと…。」
「はい、大丈夫です。」

 百合はにこっと返事をした。恥ずかしがる航。

 いつもの香ばしい香りのコーヒーを一口飲んで、百合は思ってしまった。

「航さん。」
「ん?」
「…いえ…やっぱり何でもないです…。」
「何でもなくないし、今は言える顔をしてる。なんだ。オレが怖いか?」

 百合は顔を赤くする。航のやさしい目。百合は素直になってしまう。

「航さんは、いつから結婚を考えてたんですか…?私と…。」

 航は百合をじっと見る。

「いつから…。」

 頭を抱え始める航。

「んー…。」
「そんなに…考えることなら…い、言わなくていいです…。」
「うまく言えねぇ…。」
「じゃあ、これだけは言えるってこと、何かありますか…?」

 航は頭から手を離し、テーブルに置いた。そっと話し出す。

「あんたと会う前…。次惚れた女のことは、一生守ろうと思った。それで百合、あんたと出会った。でも…そんなの関係なくて、あんただったからかもしれない…。んー…、やっぱよくわかんねぇな…。」
「それだけで、充分です…。ありがとうございます…。」
「あ、でも…、あんたがオレを選んでくれた時、この店で。そん時には考えてたかもしれないな。」
「その…時…?」
「そうだ。悪いか?」
「いえ、悪くないです…。嬉しいです…。」

 百合は手を口に添え、小さく笑った。

「百合。」
「はい、何ですか?」

 航は百合を見つめる。強く、儚い目。

「オレはあんたが思ってるほど強くはない。泣いてるあんたを抱きしめることくらいしか、オレにはできないだろう。でも…。」
「航さん?」
「百合、オレの話を…。」
「航さん。」

 百合も負けじと強い目で航を見る。

「航さん、誰かと航さんを比べてませんか?誰かは強くて、航さんは強くない。誰かにはできるけど、航さんにはできない。そう私には聞こえます。間違ってますか?」

 ハッとする航。百合の言う通りだった。航は無意識のうちに比べていた。

「亮さん…ですか…?」

 航は開いた口が塞がらない。口に手を当てる。

「航さん、私に言ってくれました。『強くなっても弱くなっても私は私』って。『普通もまとももあるとしても百合は百合だ』って。それは私も同じです。航さんは航さんで、その航さんが私は好き…。私はどんな航さんになっても、私は航さんなんです。ずっと変わらない…。そういうことが、愛するって、ことなんじゃないですか…?」
「百合…。」
「はい…。」
「またあんたに気づかされた…。やっぱりオレにはあんたが必要だ。」

 航は百合の手を握る。ふたりは見つめ合う。

「ずっと一緒にいてくれ。」

 百合は透き通るガラス玉のような目。

「航さんに、私の全てを捧げます。受け取って、くれますか?」

 航は笑って言った。

「捧げられる前に奪ってやる。」

 百合も笑う。ふたりは笑い合った。

 シェフに礼を言い、帰る百合の手には百合の花束。手をつないで帰る帰り道。

「航さん?」
「なんだ?」
「航さんは、私に色んなことを教えてくれました。」
「何も教えてなんかねーよ。」
「人と接すること、人と仲良くなること、人を好きになること、人を愛すること…。間違ってるかもしれないし、まだよく見えないけど、私は私なりに想ってます。」

 百合は足を止める。航も止まる。

「航さん?」
「ん?」
「愛してる。」

 暗い夜道。百合の目が透き通っているのがわかる。キスをするふたり。

「早く帰ろう。」
「はい。」
「早く続きをしよう。」
「え?」

 後輩とその恋人、こそこそ覗き見したキス。
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